人はプラナリアになれるのか

驚異の再生力、プラナリア

 今、再生研究で再び注目を浴びる生物、それがプラナリアだ。プラナリアは川や池といった淡水にすむ生物で、きれいな環境さえあれば日本中どこにでもいる。一見ヒルのようにも見えるが、よく観察すると、2つの眼をもっており、なかなかキュートな顔立ちだ。実は、眼だけではなく、筋肉や消化管、脳までももつ、れっきとした動物だ。このプラナリアの何がすごいか。それはイモリやミミズを凌駕する高い再生能力だ。例えば、メスのような物で10個の断片に切る。すると死ぬどころか、全ての断片が一週間ほどで完全な個体へと再生し、10匹のプラナリアになるのだ(図1)。

 しかし、何も人に切られるために高い再生能力を備えているわけではない。彼らにとっては増殖の手段なのだ。プラナリアは、通常、ある一定の大きさまで育つと、胴体の中央にある咽頭の少し下でくびれを生じ、2つに切れてやがてそれぞれが個体となる。つまり無性生殖、言い換えればクローン増殖するのだ。さらに驚くべきことは、栄養条件や温度などの環境が悪化すると、自らの体の中に精子と卵子をつくり、受精して新たな遺伝子セットをもった子孫を残すのだ。つまり、無性生殖と有性生殖を使い分け、個体の数を効率的に増やすと同時に、遺伝的多様性も維持することのできる、生命力あふれる生物なのだ。

図1
図1 プラナリアをメスのような物で切断すると、それぞれの断片が一週間ほどで完全な個体に再生する。
図1 プラナリアをメスのような物で切断すると、それぞれの断片が一週間ほどで完全な個体に再生する。
再生力の源、全能性幹細胞

 この高い再生能力は何によって実現しているのか。プラナリアの再生メカニズムを、細胞、遺伝子レベルで研究しているのは、京都大学生物物理学教室の阿形清和教授だ。約14年前にプラナリアの研究に着手して以来、目覚ましい成果を遂げてきた。その一つが、プラナリアの再生力を支えている全能性幹細胞の同定だ。プラナリアの体には分化全能性を備えた細胞が存在し、それが体中に新たな細胞を供給するとともに、失った組織や器官を再生する源になっていると考えられていた。阿形博士は、その細胞の具体的な同定を目指してきた。

 幸運にも布石は既にあった。プラナリアの組織を電子顕微鏡で観察すると、核が大きくて細胞質が小さい、といった未分化な状態を示す細胞が多数見つかっていたのだ(図2)。そしてもう一つの重要な特徴は、放射線によってこれらの細胞が消失する、ということだった。一般的に、分化した細胞は増殖せずに特定の機能を果たすが、未分化な細胞ほど増殖能力が高い。増殖中の細胞は盛んにDNAを複製しているため、放射線を当てられると変異を生じ、死滅する傾向がある。プラナリアはX線を照射されると再生能力を失うことも知られていたため、この細胞こそが、再生力を与えている全能性幹細胞である、と強く確信したのだ。

 この幹細胞を何とか分離したい。そこで阿形博士が用いたのはセルソーティングという最新の技術だ。X線照射の前後でプラナリアの組織から採取した細胞を比較し、照射によって消失する細胞集団を同定、分離することに成功したのだ(図3)。ところが、一つ想定外のことがあった。幹細胞らしき細胞がどうやら2種類あるのだ。そこで、これらの細胞をX1およびX2と命名し、それぞれの特徴を詳細に解析した。すると、X1は細胞が大きく、DNAを多く含んでいるのに対し、X2は小さく、細胞質も少ないことが分かった。また、DNAの材料となる分子を与えると、X2はほとんど取り込まなかったが、X1は盛んに吸収した。つまり、X1は盛んに分裂する活発な細胞で、X2は静止期にある冬眠型の細胞らしいのだ。これらの細胞は体内で異なる分布を示し、X2はより表皮側にあり、X1はすぐその内側に存在することも分かった。これらの細胞を合わせると全細胞の10%以上にもなるという(図4)。

 また、X1およびX2それぞれに特異的に発現している遺伝子を調べると、それまでに知られていなかった遺伝子を含め、多数の遺伝子が同定された。このうちの一つ、piwiをノックダウンすると、幹細胞が維持できなくなり、再生しなくなることも分かった。

 阿形博士はこれらの結果から、プラナリアの幹細胞には静的な細胞と、活発に増殖する細胞の2種類があると考えている。例えるなら、前者はマスターコピーのような存在で、後者はダビング用のテープだ。マスターコピーは傷つけたくないから必要な時だけダビング用にコピーをとる。そのコピーから沢山の複製をつくり、必要な細胞を供給しているという。また、これらの2種類の幹細胞のほかに、もう一つの役者を想定している。静的な幹細胞を増殖シグナルや分化シグナルから守る微小環境、「ニッチ」の存在だ。幹細胞は一般的に、単独では幹細胞としての性質を維持できない。つまり周囲のさまざまなシグナルから隔離して眠らせておく「ゆりかご」のような存在が必要なのだ(図5)。

図2
図2 プラナリア全能性幹細胞の電子顕微鏡写真。核が大きく細胞質が小さいなど、未分化な細胞の特徴を備えている。
図3
図3 X線照射によって消失する細胞集団X1とX2をセルソータによって分離した。
図4
図4 (上)全能性幹細胞は全身に散在し、全細胞の10%以上におよぶ。 (下)X2細胞(赤)は表皮近くに分配し、そのすぐ内側にX1細胞(緑)が存在する。X1はDNAの材料となる物質(青)を取り込んでいることが分かる。
図2 プラナリア全能性幹細胞の電子顕微鏡写真。核が大きく細胞質が小さいなど、未分化な細胞の特徴を備えている。
図3 X線照射によって消失する細胞集団X1とX2をセルソータによって分離した。
図4 (上)全能性幹細胞は全身に散在し、全細胞の10%以上におよぶ。 (下)X2細胞(赤)は表皮近くに分配し、そのすぐ内側にX1細胞(緑)が存在する。X1はDNAの材料となる物質(青)を取り込んでいることが分かる。
全能性幹細胞を自由自在にコントロールする

 プラナリアが全能性幹細胞を体中にもつことは分かった。それが再生力の源であることも分かった。しかし、この幹細胞をどうやって自由自在にコントロールしているのか。尾を切ったのにそこに頭ができてしまっては困るのである。眠れる幹細胞を必要な時に呼び起こし、必要な場所に、必要な組織をつくらなければならない。

 この疑問に阿形博士は一つの答えを示している。プラナリアが体の一部を失うと、そこに未分化な細胞が増殖し、再生芽と呼ばれる細胞集団をつくる。以前は、この再生芽が失われた部分を順次つくりだし、失った組織を回復すると考えられていた。しかし、組織や器官が再生する様子を詳細に観察したところ、どうもそうではないことに気づいたのだ。阿形博士が提唱するプラナリアの再生様式はインターカレーションモデルと呼ばれ、これを理解するには「位置情報」がキーワードとなる。位置情報とは体の座標、もしくは番地のようなものだ。例えば、プラナリアの体に頭の先から尾の先まで1~10の番地をふる。すると、以前のモデルでは、例えば7から下を失ったとすると、再生芽は7、8、9、10と順に組織を再生すると理解できる。しかし、インターカレーションモデルでは違う。残った1~6の番地が再編成され、改めて1~10に振り分けられるのだ。再生芽は切断された先端に番地を定義づける役割をもつという。頭側にできた再生芽は常に1となり、尾側にできた再生芽は常に10となる。すると両端の番地が決まるから、その間を埋めるように残りの番地が再編成されるのだ(図6)。これが何を意味するのか。つまり、全身に散在する幹細胞は、再編成されたこの番地情報、すなわち位置情報に従って自分の位置を知り、そこに必要な組織をつくりだすのだ。

 それではプラナリアがもつ位置情報とは具体的に何なのか。それは、物質がつくりだす濃度勾配だと考えられている。いくつかの物質がプラナリアの体に濃度勾配をつくり、それらの濃度の組み合せで番地が指定される。阿形博士はこの様な位置情報をコントロールする遺伝子の一つも発見している。nou-darake(ndk)遺伝子だ。この遺伝子を失うと体中に脳ができてしまうのでそう名付けた(図7)。つまり、頭尾軸に沿った位置情報が乱れた結果として、脳が頭部以外にもできてしまうと考えられる。ndk遺伝子の詳細な機能はまだ分かっていないが、頭部を指定している何らかの物質が体幹部に漏れないように、すなわち頭部で高濃度になるように働いていると予測している。


 冒頭で、「再び」注目を集めている、としたように、プラナリア研究の歴史は意外と古い。ショウジョウバエの遺伝学の始祖、トーマス・ハント・モーガンは、プラナリアの再生の様子を綿密に検討し、物質の濃度勾配による位置情報があることを既に予測していたという。約100年前の話だ。当時モーガンにとって、ショウジョウバエはプラナリアの餌に過ぎなかった。が、次第にその遺伝学上の利点に注目するようになり、後のノーベル賞につながる変異体研究を始めた、との逸話も残る。しかし、分子生物学が生まれる前の当時、遺伝子や分子の具体的な同定は困難を極め、以来プラナリア研究は影を潜めていた。

 「プラナリアを再び再生研究の土俵に上げられたことを誇りに思います。しかし、全能性幹細胞で発現している遺伝子の機能や位置情報をつくるメカニズム、幹細胞と進化の関係など、プラナリア研究はまだまだこれからです」と阿形博士は意気込みを語る。

図5
図5 全能性幹細胞はニッチによって、増殖シグナルや分化シグナル から守られている。ニッチから離れた幹細胞は盛んに分裂し、必要な細胞へと分化していく。
図6
図6 (左)以前は、再生芽によって失われた部分が再生すると考えられていた。 (右)インターカレーションモデルでは、再生芽によって体の位置情報が再編成され、その位置情報に従って全身に散在する幹細胞が体を再生する。
図7
図7 脳だらけ(ndk)遺伝子を抑制すると、頭尾軸に沿った位置情報が乱れ、体中に脳が形成される。上は正常なプラナリアの脳。
図5 全能性幹細胞はニッチによって、増殖シグナルや分化シグナル から守られている。ニッチから離れた幹細胞は盛んに分裂し、必要な細胞へと分化していく。
図6 (左)以前は、再生芽によって失われた部分が再生すると考えられていた。 (右)インターカレーションモデルでは、再生芽によって体の位置情報が再編成され、その位置情報に従って全身に散在する幹細胞が体を再生する。
図7 脳だらけ(ndk)遺伝子を抑制すると、頭尾軸に沿った位置情報が乱れ、体中に脳が形成される。上は正常なプラナリアの脳。
新陳代謝に働く幹細胞

 プラナリアに比べると私たちヒトの再生力は何とも頼りない。ヒトは指一本再生できない。しかし、私たちだって、髪の毛や皮膚、血液などほとんどの臓器を毎日再生している。このような生理的再生を「新陳代謝」と呼ぶが、新たな細胞に置き換わっているからには、その供給源となる細胞があるはずだ。一度分化した細胞は基本的にほとんど分裂しないのだから、やはり、未分化な幹細胞が私たちの体の中にストックされているに違いない。事実、骨髄にある血液幹細胞は古くから知られ、毎日膨大な数の血液細胞、すなわち赤血球や白血球、血小板などを供給している。近年では、ほとんどの臓器に幹細胞が存在するといわれ、それらを分離、同定しようとする研究が進んでいる。

色素幹細胞のメカニズムに迫る

 マウスの毛根色素幹細胞をターゲットに研究を進めるのは、幹細胞研究グループ(西川伸一グループディレクター)の大沢匡毅博士だ。毛根の色素幹細胞は、失ったとしても毛が白くなるだけなので、マウスに致命的な異常が生じることは無く、かつ変化が見た目に分かりやすいので、良い研究モデルになるという。彼らはまず、本当にその様な幹細胞があるのか、それを確かめるところから研究をスタートした。

 幹細胞はニッチと呼ばれる微小環境に守られ、未分化でゆっくりとした分裂周期を保っていると考えられる。幹細胞の分裂で生じた細胞の一方はそのまま幹細胞性を維持し、もう一方はニッチから出て盛んに増殖、やがて成熟した色素細胞になる、と西川博士の研究グループは予想した。そこで、そのような盛んに増殖する細胞を選択的に死滅させる因子をマウスに添加したところ、体毛が白くなることが分かった。しかし、2ヵ月ほどたって体毛が生え変わると、黒い色を回復することから、色素細胞の元となる幹細胞の存在が強く示唆された(図8)。続いて彼らは、そのような未分化な色素幹細胞が、毛根のバルジと呼ばれる領域にいることを突き止めた。一方、分化した色素細胞は、バルジとは離れた毛乳頭と呼ばれる場所に存在する(図9)。つまり、色素幹細胞だけを区別して採取することができる、という大きな利点があることも分かったのだ。

 大沢博士は実際に、幹細胞を単一細胞レベルで採取し、遺伝子発現を色素細胞と比べてみた。すると第一に、幹細胞では、基本的な細胞機能を担う遺伝子以外は、全般的に発現が強く抑制されていることが分かった(図10)。これは、色素幹細胞ができるだけ活動せずに、休止状態にあることを予想させる。一方、幹細胞で特徴的に発現している遺伝子も複数見つかり、これらの遺伝子こそ、幹細胞機能に重要であることが予想された。そこで大沢博士は、血液幹細胞などでも発現しているNotch遺伝子の機能を阻害してみた。すると、結果は予想通り、色素幹細胞と色素細胞が大きく減少し、マウスの体毛が白くなることが分かった(図11)。また彼らの研究は、Wntと呼ばれる細胞増殖シグナルが、色素幹細胞では抑制されていることも示している。

 「色素幹細胞の性質は少しずつ見えてきた。しかし、色素幹細胞を維持しているニッチはまだ同定できていない。幹細胞に隣接する細胞を採取して、遺伝子レベルでニッチの機能を解明していきたい」と大沢博士は語る。

図8
図8 色素細胞になる前駆細胞を死滅させると一時的に毛が白くなるが、やがて色素幹細胞によって再び色素細胞が供給され、体毛の色が回復する。
図9
図9 色素幹細胞は毛根のバルジと呼ばれる領域に存在する。分化した色素細胞は毛乳頭へと移動し毛に色を与える。
図10
図10 色素幹細胞では、細胞の基本的な機能を担う遺伝子(ハウス キーピング遺伝子)は低いレベルで発現しているが、分化した色素細胞にみられる遺伝子はほとんど発現していない。
図11
図11 Notch遺伝子の機能を阻害すると色素幹細胞(左下)が消失し(右下)、 体毛が白くなる。幹細胞が消失しているので、毛を剃って生え変わった部分も色は回復しない(上)。
図8 色素細胞になる前駆細胞を死滅させると一時的に毛が白くなるが、やがて色素幹細胞によって再び色素細胞が供給され、体毛の色が回復する。
図9 色素幹細胞は毛根のバルジと呼ばれる領域に存在する。分化した色素細胞は毛乳頭へと移動し毛に色を与える。
図10 色素幹細胞では、細胞の基本的な機能を担う遺伝子(ハウス キーピング遺伝子)は低いレベルで発現しているが、分化した色素細胞にみられる遺伝子はほとんど発現していない。
図11 Notch遺伝子の機能を阻害すると色素幹細胞(左下)が消失し(右下)、 体毛が白くなる。幹細胞が消失しているので、毛を剃って生え変わった部分も色は回復しない(上)。
結局ヒトはプラナリアになれるのか

 このような研究によって、私たちの体の中にある幹細胞、「体性幹細胞」の性質が徐々に見えてきた。体性幹細胞は非常に数が少なく、そもそも探し出して分離、培養するのが現時点では難しい。また、これらの幹細胞の分化能力は限定されたものであり、プラナリアのような何にでもなれる全能性幹細胞ではない。つまり、血液幹細胞なら血液系、神経幹細胞なら神経系の細胞に分化できるが、残念ながら、私たちの体はそれよりも未分化な幹細胞は持ち合わせていないらしい。

 もう一つの大きな問題はやはり位置情報だ。比較的単純な構造をもつプラナリアは、位置情報に基づいて、幹細胞から器官を丸ごと再生できる。しかし、ヒトのように多様化、複雑化した臓器は、どうやら発生というプロセス、つまりそのプロセスで起きる組織同士の複雑な相互作用を介さずしては、形成され得ないのかもしれない。プラナリアのような幹細胞を獲得したとしても、一度でき上がってしまった体の中に、臓器を丸ごと一つ再生するのはおそらく不可能なのだろう。


 ヒトはプラナリアになれるのか(なりたいかは別として)、という疑問の答えはノーといわざるを得ない。しかし悪いことばかりではない。そもそもヒトが全能性幹細胞を体にもつことは危険でもあるのだ。何にでもなれるという特性は、裏を返せば、脳に骨ができる、肝臓に筋組織ができる、という危険性をはらんでいる。ヒトのように高度かつ多様に分化した細胞をもつ場合、むやみに未分化な細胞から、それらを再生産するのは非効率と言えるかもしれない。これらはあくまで考察に過ぎないが、高度な分化と複雑化を選んだ結果、幹細胞は部分的な再生に専念させ、個体増殖の方法としては有性生殖に特化したヒトと、高い再生能力に基づいた無性生殖を基本としながら、有性生殖を獲得したプラナリア、という図式が見えてくる。

 これらのことを考えると、プラナリアのようになろう、なんて思わないで、体の中にある幹細胞を大事に若く保とう、というぐらいが良いのかもしれない。ここに紹介したような研究が進めば、幹細胞を上手くコントロールすることは夢ではないだろう。