発生メカニズムから進化を探る

繰り返しと変形

 動物の体の成り立ちについて、もっとも含蓄の深い表現をしたのは、形態学の始祖、ゲーテである。いうまでもなく彼は、18世紀から19世紀にかけてのドイツの文豪だが、彼は同時に類いまれな自然科学者でもあり、動物ごとの骨格を比較し、そこにどのようなパターンが保存されているのかを認識しようとした。同じく19世紀、フランスの動物学者、キュヴィエは、多様な動物に見られる最も基本的な形態的特徴に注目し、動物を脊椎動物、関節動物、軟体動物、放射動物の4大グループに分類した。

 「キュヴィエもゲーテも、動物の基本的体制に注目し、それが動物の形の理解にとって最も重要な認識であることを知っていた。わけてもゲーテは、反復パターンと変形が重要なファクターとして形の多様性の背景に潜んでいることを感知していた」と形態進化研究グループの倉谷滋博士は語る。ゲーテは、動物の体が同じ節(体節)の繰り返しからなり、その繰り返し構造をところどころ変形させることで、独自のかたちを獲得していると考えた(図1)。たとえばヒトの背骨は、誰がみてもあるパターンの繰り返しだと理解できる。そのパターンを場所によって変形させると、頸椎や腰椎など、異なる形になると説明したのだ。

図1
図1 ショウジョウバエの初期の胚は単純な節の繰り返し構造からなるが、それぞれの節が変形し、肢や翅が付加していくことで成体が形づくられる。
図1 ショウジョウバエの初期の胚は単純な節の繰り返し構造からなるが、それぞれの節が変形し、肢や翅が付加していくことで成体が形づくられる。
体づくりの司令塔、「オーガナイザー」

 そもそも、動物の体はどのようにして形成されていくのか。たった一つの受精卵が気の遠くなるような細胞分裂を経て成熟した体を獲得するまでの変遷が、20世紀はじめ、ウニやカエル、イモリなどの発生を観察することによって検討されてきた。

 たとえば環形動物のゴカイでは、受精卵からまず頭がつくられ、頭でっかちの幼生になる。しばらくすると、頭の後ろに胴体部分がつくられてのびていく。頭は体の最も前にあるのだから、頭をつくるということは、体の前と後(前後軸)を決めることに等しく、受精卵には体の前後を決める因子があらかじめ含まれていたと解釈できる。

 このような前後軸を決定する大まかなしくみは、1930年代にシュペーマンらの手によって解明された。イモリの実験によって、受精卵が胚胞期の中空構造に至ると、原口背唇部とよばれる特定の部位が内部に落ち込み、そこが背側になることが示されたのだ(図2)。原口背唇部は、やがて脳や中枢神経をつくる神経管を誘導し、背中に軸構造をつくり出すことから、形づくりの司令塔という意味を込めて「オーガナイザー(形成体)」と呼ばれるようになった。

 オーガナイザーの発見以降、その実態がどのような分子にあるのかが重要視されるようになったが、あまりにも微量だったために、研究が進まなかった。ところが、20世紀後半の分子生物学が事態を一変させることになる。オーガナイザーの関連遺伝子を同定したり、その遺伝子産物のふるまいを追跡できるようになったからだ。

図2
図2 両生類の発生では、原腸形成時に胚の一部が内部に陥入するのにともなって体の前後軸が決まる。
図2 両生類の発生では、原腸形成時に胚の一部が内部に陥入するのにともなって体の前後軸が決まる。
体の基本構造を決める遺伝子群の発見

 倉谷博士もまた、分子生物学の登場が、進化を発生プログラムの変化として捉える「進化発生学」のターニングポイントになったと話す。「ゲーテによってもたらされた『生物の形づくりの基本方針』を、遺伝子や発生学のレベルで語れるようになった」。

 なかでも特に大きなインパクトを与えたのは、1983年のホメオボックス遺伝子の発見だ。1910年代以降、ショウジョウバエの変異体の交配実験によって、遺伝子が染色体上にどのように配置されているのかが大まかに分かるようになった。このような状況の下、1978年に遺伝学者のルイスは、ショウジョウバエの体の節の特徴を決める一連の遺伝子が同じ染色体の上にあり、それぞれの遺伝子が前から後ろへ順に発現することで、体節の構造がつくられていくのではないかと考えた。

 ついに1983年、ルイスが予測した遺伝子の一つが突き止められた。ショウジョウバエの胸の2番目の節の特徴を決める遺伝子が見つかり、それが後に「ホメオティックセレクター遺伝子」と呼ばれることになる。現在では、節の特徴づけに関わるこのようなホメオティックセレクター遺伝子が複数見つかっているが(図3)、興味深いことに、ハエのホメオティックセレクター遺伝子と極めてよく似た配列が、ヒト、マウス、線虫、酵母などにも共通して存在していた。その後、動物の形のパターンを決める様々な遺伝子群が見つかり、それらもまた広く動物群に共有されていた。これらの遺伝子はしばしば共通のアミノ酸配列を保存しており、進化を通じて保守的、本質的な機能を担ってきたことを伺わせる。現在、こうした真核生物の体の基本構造を決める遺伝子は「マスターコントロール遺伝子」と呼ばれるようになっている。

図3
図3 一連のHox遺伝子(ホメオティックセレクター遺伝子の一種)がそれぞれの節の構造を特徴づけている。Hox遺伝子の染色体上の配列順序と 前後軸に沿った発現順序には密接な関係がある。左は、Hox遺伝子の一つ、Ubxの欠損によって翅が倍化した変異体。
図3 一連のHox遺伝子(ホメオティックセレクター遺伝子の一種)がそれぞれの節の構造を特徴づけている。Hox遺伝子の染色体上の配列順序と 前後軸に沿った発現順序には密接な関係がある。左は、Hox遺伝子の一つ、Ubxの欠損によって翅が倍化した変異体。
ゲノムに書かれた発生の基本プラン

 ホメオティックセレクター遺伝子群の発見以降、1900年代には、ゲノムの配列を高速で読み、コンピュータを使って解析する「ゲノム科学」が急激に発展した。これまでにヒトやマウス、線虫、ショウジョウバエなど、実に多くの生物種のゲノムが読まれており(図4)、それぞれを比較することで、分子進化上の重要な発見がもたらされている。

 例えば、一見全くかけ離れた生物どうし(ショウジョウバエとヒトのように)でも、共通して保存されている遺伝子が多数存在すること、脊椎動物の遺伝子数はゲノムサイズに関係なく、ほぼ2万前後であること、などが分かってきた。そして、ゲノム中に起きる変化(変異)は中立的なもので、生存に有利でも不利でも同じように起きる、とする考え方が主流になってきた。

 こうした知見をもとに、発生生物学者たちは、動物と呼んでいる生き物は、左右対称で前後軸をもった共通祖先の時代に、ゲノム中にボディプランの基本システムを獲得し、それが、変更しがたい強固なプログラムとして今日まで残っている、と考えるようになった。

 では、同じような遺伝子を使って、なぜショウジョウバエとヒトのように、大きさも形も全く異なる生物ができるのか。倉谷博士は、その答えのひとつが、遺伝子の使い方にあると考えている。同じ遺伝子でも、「いつ、どこで、どのくらい働かせるか」といったことを少し変更すれば、基本プログラムが同じでも、体の形を大きく変えられるのではないかというのだ。

図4
図4 ゲノム解析の結果から予想される各生物の遺伝子数。
図4 ゲノム解析の結果から予想される各生物の遺伝子数。
顎(あご)の発生と進化

 すでに倉谷博士は、ヤツメウナギを用いて、脊椎動物の顎が、ある一群の遺伝子の使われる場所が変更すること(ヘテロトピー)によって獲得されることを突き止めている。顎をもつ脊椎動物の口は上顎と下顎からなり、その発生をさかのぼると、魚のエラと同等の「咽頭弓」という構造の一つに行き着く。この咽頭弓のなかには神経堤間葉という細胞があり、これが骨格をもたらす。つまり、咽頭弓が上下に二分し、その中の神経堤細胞が上下に骨格をつくれば、それが私たちの顎になるというわけだ。

 顎がエラの一つにすぎないとすれば、それは上に紹介したゲーテの「分節と変形」の話と同じことになる。一方、顎がないとされるヤツメウナギでも、幼生の口には上唇と下唇と呼ばれる構造がある。

 倉谷博士は、ヤツメウナギ胚のある時期の口器で、どのような遺伝子がどのようなパターンで発現しているかを調べた。すると、驚くべきことに、ヤツメウナギでも、顎口類とよく似た遺伝子発現が観察されたのである。そこにはほかのエラと異なって、Hoxと呼ばれる遺伝子が発現せず、さらに口の部分を決めるDlx1遺伝子、そしてこの遺伝子を発現させるためのほかの遺伝子群が、顎口類と一見よく似たパターンで発現していた。ただし、両者では、Dlx1を発現している細胞集団の位置が微妙に異なっていた。この違いは意外に大きい。アゴを持つすべての動物において共通するパターンが、ヤツメウナギでは「ずれて」いるのである(図5)。

 つまり、まったく同じセットの遺伝子であっても、それらが別の場所の細胞集団で機能することにより、動物によって異なった形態パターンが現れていたのだ。同じ遺伝子プログラムを使っているにもかかわらず、それが作用する細胞群の位置が違うために、一方では顎を形成し、一方では顎ではなく唇を形成していたことになるのだ。

図5
図5 顎口類(ニワトリ、上)および無顎類(ヤツメウナギ、下)における、Hox遺伝子およびDlx1遺伝子の発現パターン。
図5 顎口類(ニワトリ、上)および無顎類(ヤツメウナギ、下)における、Hox遺伝子およびDlx1遺伝子の発現パターン。
遺伝子レベルで頭部形成の進化を探る

 一方で、脊椎動物の頭部がどのようにして獲得されたのかを探っているのは、ボディプラン研究グループの相澤慎一博士だ。ターゲットにするのは、マウスの頭部形成を司るマスターコントロール遺伝子の一つ、Otx2遺伝子だ。

 1990年頃に、ショウジョウバエで頭部形成に関与するOtd遺伝子が同定され、その変異体は脳を欠損することが突き止められた。相澤博士は、その複雑さゆえに研究が進んでいなかった脊椎動物においても、Otdに相当する遺伝子があるのかという疑問を持ち、この研究を始めたという。

 熾烈な競争の末、マウスでもOtdとよく似た遺伝子、Otx1とOtx2があることが別のグループによって発見された。そこで相澤博士は、両遺伝子の機能を破壊したノックアウトマウスをつくったところ、Otx2をノックアウトした胚には脳が形成されないことが分かった(図6)。さらに、マウスのOtx2をハエのOtdに入れ替えたり、逆にハエのOtdをマウスのOtx2に入れ替えても正常に機能することが別のグループによって示された。マウスでもショウジョウバエでも同様の遺伝子が脳形成に働いていたのである。

 相澤博士は、Otx2がどのようにして脳形成に決定的な役割を果たしているのかを知りたいと考え、この遺伝子がいつ、どのような組織で発現するのかを調べ始めた。哺乳類の受精卵では、まず母胎との連絡組織である胎盤(胚体外組織)ができ、次いで、将来胚になる中空の構造が円筒状に形づくられる。この円筒状の構造は「原始内胚葉」とよばれる一層の組織で覆われており、Otx2はまずこの原始内胚葉の一部で発現することが分かった。この部位にはOtx2だけでなく、胚の前後軸を決める多くの頭部オーガナイザー遺伝子が発現している。その後時間を経ると、頭部オーガナイザーに誘導された胚組織が、神経板と呼ばれるプレート状の構造をつくる。神経板はチューブ状に閉じて神経管となり、さらにくびれが入って前脳や中脳といった脳の各領域ができていく。相澤博士の研究によると、こうした脳形成のどの過程においてもOtx2は発現しており(図7)、時期特異的にノックアウトすると、それぞれの段階に応じた脳形成の異常が見られるという。

 さらに別の研究グループによって、脳をつくるために働くOtx2と同様の遺伝子が、「いわゆる脳」をもたないホヤやナメクジウオなどにもあることが発見された。ただし、それらの遺伝子の発現をコントロールする調節領域の配列については、マウスと大きな違いが見られた。

 つまり、ホヤとマウスでは、Otx2という同じような遺伝子を持っていながら、その調節領域の配列が異なることで、それぞれ違う機能を果たしていると考えられる(図8)。相澤博士は、脊椎動物の頭部形成を可能にした調節領域が、生物の進化において、いつどのようにして獲得されたのかを今後明らかにしたいという。

図6
図6 Otx2遺伝子をもたない マウスは頭部を欠損する。
図7
図7 Otx2遺伝子は原始内胚葉で発現し、頭部オーガナイザーとして機能する。続く頭部形成の各ステップにおいても、Otx2が常に頭部で発現していることが分かる。
図6 Otx2遺伝子をもたない マウスは頭部を欠損する。
図7 Otx2遺伝子は原始内胚葉で発現し、頭部オーガナイザーとして機能する。続く頭部形成の各ステップにおいても、Otx2が常に頭部で発現していることが分かる。
「遺伝子の機能の進化」をどう研究すべきか

 これらの進化発生学の知見は、同じ遺伝子であっても発現する細胞の種類や時期に応じて、もたらす構造や機能に大きな違いを生み出すことを端的に示している。つまり、遺伝子の機能は、遺伝子本体の塩基配列だけに規定されるものではなく、「使われ方」にも依存するらしい。こうした「遺伝子を使い回すメカニズム」は、まだ研究が始まったばかりだ。

 「遺伝子の使われ方の研究は、夢があると同時に極めて膨大な努力を要する。綿密な遺伝子発現パターンの抽出に加えて、発生と遺伝子発現のロジック、分子進化学的な検討が必要とされる」と倉谷博士は語る。自身は、現段階で首尾よく扱えるのは、特定の遺伝子ネットワークの最上流に位置するいくつかのマスターコントロール遺伝子だろうとの考えから、ホメオティックセレクター遺伝子を中心に、骨格と筋肉分化の関係や、複数の異なった適応形態が一つの体に表れてくる現象(例えば、ガが前翅で植物の色を擬態し、後翅の目玉模様で他の生物を威嚇するような)について、その進化的由来を突き止めたいとしている。

 「一つの遺伝子は一つのタンパク質をつくり、一つの機能をもつ」という単純な図式はもはや通用しない。調節領域の違いによる発現の場所や時期、量の違い、他の遺伝子との組み合せなど、遺伝子は置かれた状況に応じて、実に多彩な働きを見せることが次々と明らかになっている。これらの研究が動き始めたいま、遺伝子研究に新たな1ページが加えられる日はそう遠くないのかもしれない。

図8
図8 遺伝子が同じでも、その遺伝子のON/OFFを決めている調節領域が異なると、発現する場所、時期、量が変わり、異なる結果をもたらすと考えられる。
図8
図8 遺伝子が同じでも、その遺伝子のON/OFFを決めている調節領域が異なると、発現する場所、時期、量が変わり、異なる結果をもたらすと考えられる。