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肺胞は効率のよいガス交換を実現するため、網目を張り巡らせたスポンジのような構造をしている。無数の毛細血管を含み、平たい肺胞上皮Ⅰ型細胞がガス交換、丸いⅡ型細胞が粘液分泌による湿度調節を担い、筋線維芽細胞が入り組んだ中隔を作って呼吸と共に大きく伸縮する肺の構造を支えている。肺胞の発生の大きな特徴は、胎児期だけではなく出生後の組織形成も重要なことにある。呼気と接触することで初めて、肺胞独特の形状を生み出すことができるのだ。生後の肺胞形成異常に起因する気管支肺異形症では肺胞がスカスカになって肺気腫になり、ガス交換の効率を下げてしまう。しかし、肺胞の形成と維持に関する分子メカニズムはこれまであまり分かっていなかった。
理研CDBの松岡智沙テクニカルスタッフ、森本充チームリーダー(呼吸器形成研究チーム)らは、Notchシグナル欠損マウスが気管支肺異形成症などに見られる肺胞の形成異常を呈することを示し、Notchシグナル、中でもNotch2が出生後の肺胞形成に重要な役割を果たしていることを明らかにした。本研究は国立台湾大学病院、米コロンビア大学との共同研究で行われ、成果は科学誌Proceedings of the National Academy of Sciences USA電子版にて6月30日付で先行公開された。
Notchシグナルは呼吸器の形成、特に上皮細胞の運命決定に重要であることが知られる(*科学ニュース2015.12.21、2012.12.13)。そのため、上皮細胞のNotchシグナルを完全に失ったマウス(KOマウス)は生後すぐに死んでしまい、出生後に進む肺胞形成におけるNotchシグナルの役割は調べることができなかった。そこで森本らは、ごく稀に生き残るNotchシグナル欠損マウスと、出生後も生存可能な比較的表現型の緩やかなNotch関連遺伝子KOマウスを解析し、肺胞の形成過程を詳細に解析した。まず、肺の上皮細胞でNotch1~4すべてがほぼ機能しなくなるPofut欠損マウスを調べると、発生直前までは正常にもかかわらず、出生後の肺胞形成・成熟過程で異常を来たし、肺胞が肺気腫のようにスカスカになった。詳しく調べると、その原因はNotch2にあり、肺胞上皮Ⅱ型細胞の増殖が著しく減少していることが判明した。Ⅱ型細胞はⅠ型・Ⅱ型両方を生み出す幹細胞様の働きを持つと考えられていることから、Ⅱ型細胞の増殖低下が肺胞全体の上皮細胞の減少を招いたと推察される。
また、Notchシグナル欠損マウスは肺胞の上皮だけでなく、間充織にも異常を来たしていた。生後の肺胞形成では、ガス交換面積の拡張のための肺胞中隔が形成される。肺胞中隔は上皮を裏打ちする間充織の筋繊維芽細胞が成熟して形成される。Notch2欠損マウスでは筋繊維芽細胞の数が減少し、それに伴い中隔が顕著に少なくなっていた。実は筋線維芽細胞は、上皮細胞から放出されるPDGF-Aにより活性化・増殖することが知られている。Notchシグナルの欠損は上皮-間充識の協調を乱し、結果として深刻な肺胞形成異常を引き起こすことが明らかになった。
「発生の研究では胎児の組織を対象としがちですが、今回の研究では出生後の発達・成長の仕組みに着目し、新たな研究の道筋を見いだすことができました。肺の上皮細胞でNotch2を欠損したマウスは肺胞の発生段階の異常により肺気腫になりましたが、肺気腫は喫煙などによる成人の疾患や老化によっても引き起こされます。出生後の肺胞形成を理解することで、傷ついた肺胞の再生を促すメカニズムを見つけることができるかもしれません」と森本チームリーダーは語る。「今回は生体内の細胞・分子の挙動を観察しましたが、当然ながら生体内には様々な要素があり、それらが混在してしまうことが解析を困難にします。そこで現在、in vitroの系の開発も進めています。人工的に再現したシャーレの中の呼吸器を用いることで、上皮組織だけで起こる発生・再生の本質的なメカニズムに迫りたいのです。」
掲載された論文 |
Epithelial Notch signaling regulates lung alveolar morphogenesis and airway epithelial integrity. |
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