生物の体内には、血管や呼吸管などの管状組織がネットワーク状に張り巡らされている。進化の過程で生物が大型化するためには、そのような循環系を構築し、体中に空気や血液を送り届ける必要があったのだ。当然のことながら、これらの管の形状は、個体や各臓器の大きさや形状に応じたものでなければならない。管の形状を決める最も基本的なパラメーターは太さと長さであるが、発生過程においてそれらはどのように制御されているのだろうか。
理研CDBのBo Dong外国人特別研究員(形態形成シグナル研究グループ、林茂生グループディレクター)らは、ショウジョウバエの気管形成をモデルにした研究で、気管上皮細胞内の逆行性小胞輸送が気管の長さを制御していることを明らかにした。この研究成果は、オンラインの科学専門誌 Nature Communications に1月15日付けで発表された。
|
Rab9変異体では気管が過剰に伸長し(右上)、管腔内に分泌されるSerpが著しく減少している(右下)。左パネルは正常。 |
ショウジョウバエの気管の形状は、管腔に分泌されるキチン質を主成分とした細胞外マトリクスによって制御されている。太さの制御には、アクチン重合因子を介した細胞内タンパク質輸送経路が関与していることも知れられている。一方、長さの制御には、キチンの脱アセチル化酵素であるSerpentine(Serp)が働いており、これを欠損すると気管が過剰に伸長することが知られている。しかし、Serpの管腔への分泌を制御する細胞内輸送経路については良くわかっていなかった。
彼らは今回、気管細胞で特有な局在パターンを示す分子の探索から、逆行性小胞輸送経路に働く分子Rab9の関与を疑った。細胞内には、細胞外と物質をやり取りするための多様な輸送経路がある。通常、細胞内で合成された分泌タンパク質は、小胞体やゴルジ体で品質管理や化学修飾を受け、小胞に取り込まれて細胞膜へと運ばれ、分泌される。一方、逆行性と呼ばれる輸送経路では、いったん細胞外に分泌された物質が小胞によって細胞内に取り込まれ、ゴルジ体に戻されて再修飾を受け、再び分泌される。いわば、分泌タンパク質のリサイクル経路だ。
彼らはまず、Rab9遺伝子の変異体を作成し、解析した。その結果、気管の太さや胚発生そのものは概ね正常ながら、気管の長さだけが過剰に伸長していることが明らかになった。この表現型がSerp変異体の表現型と似ていることから、Rab9変異体におけるSerpの局在を調べた。すると、受精後10時間目(stage14)までは正常に分泌されているものの、受精後15時間目(stage16)になると管腔内のSerp量が著しく低下していた。一方で、キチンや他のタンパク質の分泌に異常は見られなかった。次に、同じく逆行性小胞輸送に関わることが知られるVps35の変異体を調べると、Rab9変異体と同様に気管が過剰に伸長することがわかった。また、Rab9とVps35が直接結合することも生化学実験によって確認された。
そこで、ライブイメージングによってRab9とVps35の動態を詳しく探ると、これらは逆行性小胞輸送の経由地であり、小胞体の一種である後期エンドソームで局所的な集合体をつくっていた。さらに、この集合体の位置で後期エンドソームの膜が細胞質側へと突出し、そこにアクチンとアクチン重合タンパク質WASHが働いて小胞として切り出される様子が観察された。切り出された小胞にはSerpが局在していることも確認された。つまり、Rab9とVps35の働きによって後期エンドソームからSerpが小胞として切り出され、ゴルジ体へと送られていることが強く示唆された。
|
Rab9、Vps35、アクチン、WASHの働きによって後期エンドソームからSerpが小胞として切り出されるモデル。 |
これらの結果から、気管長を制御するSerpは逆行性小胞輸送によって再利用されており、この輸送経路に異常が生じると管腔内のSerp量が維持できなくなり、過剰な伸長を招くことが明らかになった。林グループディレクターは、「興味深いことは、逆行性小胞輸送を阻害しても、気管の太さには異常を生じないことです。このことは、輸送経路を使い分けることで、管の太さと長さという2つのパラメーターを独立して制御していることを示しています」と語る。「逆行性小胞輸送はヒトを含む動物に広く保存されています。細胞内の輸送システムが形態形成に寄与する一般的なメカニズムを今後も探っていきたいです」。
|