詰め込まれて、押し出されて:細胞核がエレベーター運動する仕掛け |
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哺乳類の大脳皮質は、多種の神経細胞が層状に積み重なった構造をしている。皮質をつくるために必要な神経細胞の多様性は、発生段階で繰り返される細胞の様々な動きによってつくられるが、なかでも重要なのが非対称分裂である。神経前駆細胞は非対称分裂によって様々な神経細胞を生み出す際に、細胞核を上下に移動させる「エレベーター運動」を行うことが知られている。エレベーター運動は細胞周期と連動していることが知られているが、どのようなメカニズムで細胞核が動いているのかはよくわかっていない。
理研CDBの小曽戸陽一研究員・末次妙子テクニカルスタッフ(非対称細胞分裂研究グループ、松崎文雄グループディレクター)らは、細胞核のエレベーター運動と細胞分裂周期とを連動させている仕組みを同定した。Tpx2という微小管結合タンパク質の働きによって核が基底側から頂端側へと移動するが、それによって頂端側組織の核密度が高くなり、他の核が押し出されることで基底側へと移動していた。この研究成果はThe EMBO Journal誌5月4日号に発表された。
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神経前駆細胞は、細胞分裂周期に合わせて核をエレベーターのように上下に移動させる。この培養脳スライスの動画では、GFPの細胞内局在により細胞周期を識別している。G1期には核(GFP陽性)が基底側(上方)に移動する一方で、G2期の核(GFP陰性)は頂端側(下方)に移動していることがわかる。 |
小曽戸研究員らは、生きた組織内で細胞核のエレベーター運動を詳細に追跡できる実験系を確立した。この実験系を用いて、まずエレベーター運動が実際に細胞周期と連動しているのかどうか確認した。薬剤を使って細胞周期をG1期で止めたところ、核が頂端側へと移動しなくなり、細胞周期とエレベーター運動との連動が改めて示された。
先行研究から、エレベーター運動には微小管細胞骨格系の関与が示唆されていたが、研究グループは微小管を細胞周期に応じて制御する分子を探索、その過程でTpx2タンパク質の役割を検証した。Tpx2は微小管形成の際の核として機能し、細胞周期に従って発現量が調整されていることが知られている。神経前駆細胞ではG2及び分裂期に強く発現しており、蛍光標識したTpx2を観察したところ、G2期の神経前駆細胞の頂端側突起で微小管と結合していることが明らかとなった。
次に彼らがRNAiによってTpx2の合成を阻害したところ、細胞核のエレベーター運動が抑制された。特に基底側から頂端側への移動速度が著しく減少していた。また、G2期の正常な細胞とTpx2を阻害した細胞で微小管の分布を比較したところ、Tpx2は頂端側細胞突起内で微小管を束化させることが示された。これらの結果から、G2期の基底側から頂端側への核の移動は、Tpx2による微小管の再編成に依存していることが明らかとなった。
では反対方向の頂端側から基底側への移動はどうなっているのか。細胞周期をG1期で止めた神経前駆細胞で、核が基底側に集積していることを観察し、ここに彼らは頂端側から基底側への移動の秘密が隠されている可能性があると考えた。磁気蛍光マイクロビーズを用いて、培養脳スライスの頂端側から導入したビーズの動きを追跡したところ、ビーズは基底側へと移動したが、その後頂端側へと戻る事はなかった。したがって、頂端側から基底側への移動は細胞外の何らかの力によって生じていると考えられる。
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G1期の細胞核(青色)が頂端側(下方)から基底側(上方)へと移動する様子を計算機内で再構成したシミュレーションモデル。このモデルではG1期の核が、局所的な核密度が最小となるように移動すると仮定した。 |
一つの可能性としては、基底側から頂端側への活発な核の移動が頂端側組織の核密度を増加させ、他の核を「押し出す」ことが考えられる。研究グループが薬剤処理によって細胞周期をG2期手前のS期で止めて、頂端側へ移動する核の数を減少させたところ、反対向きの基底側への核の移動も同様に減少していることを見出した。同じ現象はマイクロビーズの観察でも見られているので、細胞周期阻害剤の副作用によるものではなく、基底側への核やビーズの動きがG2期の頂端側への核の動きと密接に関連していることを示している。頂端側から基底側への核の移動が押し出された結果であるという仮説を検証するために、研究グループは国立遺伝学研究所の木村暁博士と共同研究を行った。基底側から頂端側への核の移動に一定の速度を持たせ、核密度が最小となるような条件を設定したエレベーター運動について、コンピューター上でシミュレーションした。計算上の予想は胎生期脳を用いた実験観察結果とよく一致し、G1期の基底側への細胞核のエレベーター運動が、基底側から押し込まれてきた G2期の核と物理的に置換されることによって起こることを示している。
松崎グループディレクターは次のようにコメントした。「発生中の脳では、莫大な数の神経前駆細胞がさかんにダイナミックな動きを繰り返しつつも、神経細胞をつくり続けてゆく必要がある。その際に、一つの方向の細胞核の運動を別のタイプの運動に従属させることで、神経前駆細胞の極端な偏りや衝突をなくし、形態的な秩序をもたらすことに成功している。ダイナミックな多細胞集団に秩序をつくりだす一つの基本的な戦略と言ってもよいのではないか。」
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