独立行政法人 理化学研究所 神戸研究所 発生・再生科学総合研究センター

2011年7月10日


紡錘体形成に新たなメカニズム
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細胞分裂に先立って倍加したDNAは、紡錘体によって細胞の両端に引き寄せられ、2つの娘細胞に分配される。遺伝子を正確に受け継ぐための重要なプロセスだ。紡錘体はチューブリンという分子が重合した微小管からできているが、線虫の場合、この微小管形成には2つの仕組みが知られる。γチューブリン依存性のものと非依存性のもので、後者の場合はAIR-1(オーロラAの線虫における相同遺伝子)が関与している(科学ニュース 2006.4.20)。AIR-1はタンパク質リン酸化酵素で、細胞分裂の様々なステップで機能しているが、微小管形成にどのような役割を果たしているのか、その詳細は明らかでなかった。

理研CDBの戸谷美夏研究員(発生ゲノミクス研究チーム、杉本亜砂子チームリーダー)らは、AIR-1が紡錘体形成に2つの役割を果たしていることを明らかにした。リン酸化酵素活性に依存した中心体における機能と、リン酸化酵素活性に依存しない微小管安定化機能があるという。この研究成果は、Nature Cell Biology誌の6月号に掲載されている。なお、戸谷研究員は現在高次構造形成研究グループ(竹市雅俊グループディレクター)に所属し、杉本亜砂子チームリーダーは東北大学で研究室を率いている。


AIR-1およびリン酸化活性をもった(P)-AIR-1の細胞内局在。
(P)-AIR-1は中心体付近のみに局在する。


戸谷らはRNAiによる遺伝子発現抑制とライブイメージングを組み合わせた手法で研究を進めた。まず、線虫胚においてair-1遺伝子とtbg-1遺伝子(γチューブリン遺伝子)の発現を抑制し、細胞分裂における微小管形成を観察した。すると、tbg-1を抑制した胚では、染色体の凝集に伴って微小管の数や長さが増加したのに対し、air-1を抑制した胚ではそれらが見られなかった。この結果は、air-1tbg-1が異なる様式で微小管形成に関与していることを示唆していた。

中心体が微小管形成の中心として機能することは良く知られるが、他の生物種では、凝集したクロマチンも微小管形成を誘導することが示されている。そこで戸谷らは、線虫胚において凝集クロマチンに誘導された微小管を可視化する実験を行った。その結果、tbg-1を抑制しても正常胚と比較して変化が見られないのに対し、air-1を抑制した胚では微小管の数が減少し、長さも短くなっていることがわかった。また、γチューブリンとAIR-1のうち、AIR-1だけが凝集クロマチン付近に局在することが示された。

ムービー:凝集クロマチンに誘導された微小管の形成は、γチューブリンを抑制しても起きるが(左)、
AIR-1を抑制すると大きく減少する(右)。

 

AIR-1は、自身がリン酸化されることによって、リン酸化酵素活性を獲得する。そこで、リン酸化されたAIR-1だけを認識する抗体を作成し、AIR-1の局在をさらに詳しく調べた。その結果、興味深いことに、リン酸化されたAIR-1は中心体付近のみに局在し、凝集クロマチン付近には局在しないことが明らかになった。このことは、AIR-1の凝集クロマチン付近における機能は、リン酸化酵素活性によるものではないことを示唆していた。これを確かめるために、リン酸化酵素活性を欠損したAIR-1を発現させる実験を行った。すると、AIR-1と微小管との相互作用にリン酸化酵素活性が不要であることや、リン酸化酵素活性をもたないAIR-1が微小管を安定化することが確かめられた。また、リン酸化酵素活性をもたないAIR-1と微小管との相互作用は、野生型AIR-1の量に影響されることもわかった。これらの結果から、活性型AIR-1と不活性型AIR-1のバランスが、紡錘体の形成とその挙動に重要であることが推測された。

今回の研究は、AIR-1のうち、リン酸化酵素活性のあるものは中心体で機能し、リン酸化酵素活性のないものは凝集クロマチン付近で微小管の安定化に機能していることを示した。杉本チームリーダーは、「哺乳類を含む他の動物においても、オーロラAがリン酸化に依存しない機能をもっているのか調べる必要があります。これまであまり注目されていませんでしたが、タンパク質リン酸化酵素の酵素活性以外の機能が、生命活動に重要な役割を果たしている可能性があります」とコメントした。



掲載された論文 http://www.ncbi.nlm.nih.gov/entrez/query.fcgi?cmd=Retrieve&db
=PubMed&dopt=Citation&list_uids=21572421
関連記事 微小管が細胞質分裂を誘導するメカニズム(2006.4.20)
 


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