哺乳類の脳発生では、放射状グリア(radial glia)と呼ばれる細胞が神経幹細胞としての機能を果たしている。この細胞は、非対称分裂によって自己複製すると共に分化した神経細胞を生み出し、脳形成に必要な数と種類の神経細胞を供給している。放射状グリアは上皮細胞の一種で、頂端側と基底側の双方に突起を伸ばした細長い形をもつ。この細長い細胞が分裂して娘細胞を生じる時、それぞれの突起は両方あるいはどちらかの娘細胞に受け継がれるが、その分配と娘細胞の運命との関係については明快な結論が得られていない。
理研CDBの下向敦範研究員(非対称細胞分裂研究グループ、松崎文雄グループディレクター)らはマウスをモデルにした研究で、神経幹細胞の分裂方向が、今まで考えられていたモデルとはまったく異なる形で娘細胞の運命に決定的な意味をもつことを明らかにした。さらに、ヒトを含む霊長類の脳形成に重要な役割を果たすタイプの神経幹細胞が、分裂方向の違いによって生じている可能性を示した。この研究成果は、The Journal of Neuroscience誌の3月号に掲載されている。
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ムービー:通常、神経幹細胞は非対称分裂の際に上下に突起を伸ばした上皮構造を保つ。しかし、時々分裂面が斜めになり、基底側(上側)の突起だけを受け継いだ前駆細胞が生じる。 |
放射状グリアの細胞核は、脳室帯内を往復運動(interkinetic nuclear migration)をした後、頂端側で分裂期を迎えることが知られている。その結果、頂端面から基底側までの完全な上皮構造を受け継いだ娘細胞と、頂端面だけを受け継ぐ娘細胞を生じ、前者は自己複製能を獲得し、後者は神経細胞へと分化する。この運命の違いは、受け継ぐ頂端面の大きさによって決められるというモデルが有力視されているが、スライスカルチャーを用いた観察では、娘細胞の頂端面の大きさと細胞運命の間に相関は見られなかった。むしろ、基底側に細長く伸びた「基底側プロセス」と呼ばれる部分を頂端面とともに受け継ぐこと、すなわち、完全な上皮構築を受け継ぐことで自己複製能を獲得することが判明した。
次に、以前に同グループが開発した方法(科学ニュース 2008.1.8)を用いて、放射状グリアの分裂面を乱す実験を行いった。分裂面が上皮面に対して斜めになることで、放射状グリアは、基底側だけからなる娘細胞と、頂端側だけを受け継ぐ娘細胞に分裂するため、自己複製能に対して、それぞれの部分の寄与を調べることができる。その結果、前者だけが自己複製能を獲得し、後者は神経細胞に分化することが分った。基底側プロセスを受け継いだ細胞は脳室帯の外側へ出て、基底側プロセスを引き継ぐ細胞と神経細胞へと非対称分裂を繰り返しながら、移動してゆく。そのため、基底側プロセスだけを保持しながら頂端面を失った神経幹細胞が脳室帯の外側に生じることになる。また、これらの神経幹細胞の生存は、放射状グリアと異なり、自ら生み出した娘細胞によるNotchの活性化に依存していることもわかった。
さらに下向研究員らは、正常なマウスの脳にも、このような脳室帯外の神経幹細胞が少数ながら存在することを見いだした。この細胞が少数しか生まれないことは、放射状グリアの分裂の大多数が脳室面に大きく傾かないことを物語る証拠でもある。興味深いことに、今回明らかになった脳室帯外側の神経幹細胞にそっくりな幹細胞が霊長類の脳で確認されている。これらの幹細胞は脳発生の途中から増加し、大脳新皮質上層の大半の神経細胞を供給する。そのため、このタイプの神経幹細胞の出現は、神経の飛躍的な増加による脳体積の増大、および、大脳新皮質の「しわ」の形成の前提になる出来事と考えられており、霊長類の進化の過程で重要な意味をもつものである。今回の発見は、大脳新皮質に「しわ」のないげっ歯類においても、このタイプの神経幹細胞がすでに用意されていたこと、しかしながら、その数の増加のメカニズムがまだ整っていなかったことを物語っている。彼らは、霊長類の脳室下帯外側の細胞も、マウスの場合と同様に、放射状グリアが斜めに非対称分裂することによって生じると予測している。
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神経幹細胞(放射状グリア)の3つの分裂モードを示す概念図。等分裂によって2つの同等の娘細胞を生じる増殖モード(左)、非対称分裂によって分化した神経細胞を生じる分化モード(中央左)、そして今回明らかになった、分裂面が斜めになることによって脳室下帯外側に前駆細胞を生じるモード(中央右)がある。 |
今回の研究成果は、ヒトを含む霊長類の神経発生の研究モデルとして、マウスが有用であることを改めて示している。松崎グループディレクターは、「ヒトの遺伝性疾患には、神経前駆細胞の異常に起因すると考えられるものが数多くあります。その一部は、脳室下帯外側の前駆細胞の異常に起因している可能性が考えられますが、マウスにおいてはその細胞数が少ないため、解析が困難でした。私たちが開発した変異マウスではこの細胞が多数生じるため、そういった疾患の病理を細胞レベルで解析できる可能性があります」、とコメントした。
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