限られた数のパートナーを巡って生殖上の優位を競う生殖競争は、雄の孔雀の羽のような極端な形質の進化を促す原動力となってきた。ショウジョウバエ属のある種では、雄の体長が約2mmであるのに対し、その精子は最大6cmにも達する。長い精子は卵子に到達しやすく、進化の過程で生殖に有利な長い精子が選択されてきたらしい。このような極端な細胞の形態はどのように実現しているのだろうか。
理研CDBの野口立彦研究員(形態形成シグナル研究グループ、林茂生グループディレクター)らはショウジョウバエをモデルにした研究で、ミトコンドリアが精子の伸長に重要な役割を果たしていることを明らかにした。ミトコンドリアと微小管の相互作用が精子尾部の細長い形をつくり、維持しているという。この成果はCurrent Biology誌の5月号に掲載されている。
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伸長するショウジョウバエ精細胞。精巣から取り出した精細胞は、ガラスシャーレの中で一定速度で伸長し続ける。 |
キイロショウジョウバエDrosophila melanogasterの精細胞は、その成熟過程で体積を変えずに約200倍もの長さに伸長する。その尾部には長軸に沿って鞭毛、微小管、巨大ミトコンドリア、アクチン繊維が走っている。このうち鞭毛は伸長に不要であることが示されているが、他の構造がどのような役割を果たしているのかは不明のままだった。今回野口らは、精細胞を損傷少なく摘出、培養することに成功し、その伸長過程をライブイメージングで解析した。
まず、微小管とアクチン繊維の形成をそれぞれ薬剤で阻害したところ、微小管の形成を阻害した場合のみ、尾部の伸長が阻害されることがわかった。そこで、微小管を局所的に阻害する実験を行ったところ、伸長反応は尾部の先端で起きていることが示唆された。次に、伸長におけるミトコンドリアの機能を調べた。巨大ミトコンドリアは多数のミトコンドリアが融合することで形成されるが、この融合を阻害すると尾部が短くなることがわかった。また、ミトコンドリアの呼吸機能ではなく、大きさと形態が伸長に重要であることも確認された。
微小管とミトコンドリアの両方が伸長に必要であることが示されため、次に両者の相互作用を探った。その結果、微小管を薬剤によって脱重合させると、巨大ミトコンドリアの形態が細長い形から球形に戻ってしまうことや、ほとんどの微小管が巨大ミトコンドリアの近傍に局在することが明らかになった。また、電子顕微鏡で尾部の断面を解析すると、巨大ミトコンドリアと微小管をつなぐ構造や、微小管同士を架橋する構造が観察された。微小管の様子をさらに詳しく調べると、短い断片が連なるかたちでミトコンドリアの周囲に存在し、尾部の末端ではスライド運動が観察された。また、変異体の解析から、モータータンパク質であるキネシンなどが微小管のスライド運動や尾部の伸長に必要であることが確認された。さらに、微小管をいったん破壊して再形成する様子を観察した結果、ミトコンドリアの表面が微小管形成の足場として機能していることが明らかになった。
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巨大ミトコンドリアの伸長(上から下へ)。巨大ミトコンドリアはその体積を変えずに細胞の伸長に合わせて引き延ばされる。 |
これらの結果を総合すると次のようなモデルが考えられるという。まず、尾部の末端において巨大ミトコンドリアの表面で微小管が形成される。次に、微小管同士が架橋しつつミトコンドリア表面に対してスライド運動をおこない、ミトコンドリアの形が細長く変形される。ミトコンドリアの変形はさらなる微小管形成の場を生み出し、同様の反応が繰り返され、ミトコンドリアはさらに伸長していく。伸長が進むに従い、頭側では微小管の架橋が十分に進んで安定化し、ミトコンドリアの形態を維持する。
今回の研究は、ミトコンドリアが細胞の形態形成に寄与していることを初めて明らかにした。林グループディレクターは、「元々共生によって細胞に取り込まれたミトコンドリアが、エネルギー生産だけでなく、生殖にも重要な役割を果たしていることは非常に興味深い」と話す。「ミトコンドリアは二重膜構造なので機械的に強く、また、鞭毛運動に必要なエネルギー生産も兼ねられるため、それを骨格として使うことは合理的とも思われます」。
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