2010年11月15日

非対称性の喪失が異常な幹細胞分裂を引き起こす

細胞の非対称分裂は細胞の多様性を生み出すうえで重要なメカニズムである。非対称分裂によって娘細胞は異なる遺伝子発現や細胞の形を持つことになり、それが多様な種類の細胞を生み出すことになる。非対称分裂の研究によく用いられるショウジョウバエの神経幹細胞は、大きい神経幹細胞と小さい神経母細胞に分裂する。このとき分裂に先立ってProsperoなどの運命決定因子が神経幹細胞の片側に偏って集まり、結果、非対称に神経母細胞に分配される。そして娘神経幹細胞はさらに同様の分裂を繰り返す一方、神経母細胞は一度だけ分裂して一組の神経細胞に分化する。過去の研究から、シグナル伝達を制御するGタンパクの一種であるGβ13Fの変異体で娘細胞の大きさの非対称性が失われることや、がん抑制遺伝子dlgの変異体では、決定因子の局在の非対称性が失われることが知られている。しかしながら、これらの非対称性の欠損が神経幹細胞の子孫細胞の運命にどのような影響を与えているのかについては、あまり良くわかっていなかった。

この疑問を明らかにするために、非対称細胞分裂研究グループ（松崎文雄グループディレクター）の北島敦研究員らはGβ13・dlg両方の遺伝子を変異させたショウジョウバエを作成し、神経幹細胞の分裂の様子を観察した。その結果、対称分裂する神経幹細胞は異常な子孫細胞を生み出し、またその異常は発達段階によって異なることが分かった。この研究は京都大学および国立遺伝学研究所との共同で行われ、Developmental Biology誌に11月1日付で発表された。

(a)分裂中の野生型神経細胞。ミランダ（緑）が将来の神経母細胞だけに分配される。(b)分裂中のdlg Gβ変異型神経幹細胞。ミランダが両方の細胞に分配される。

まず、Gβ13・dlgの二重変異をもつショウジョウバエ胚を作成したところ、その神経幹細胞は、娘細胞の大きさが等しく、また決定因子が均等に分配される対称細胞分裂を行うようになることが確かめられた。次に、このような対称分裂によって生み出される子孫の細胞が神経幹細胞になるのか神経細胞に分化するのかを確かめるため、それぞれのマーカー分子を用いた抗体染色によって調べた。その結果、分裂初期は幹細胞や神経母細胞のマーカーも現れるものの、最終的に幹細胞は維持されず、ほとんどの細胞が神経細胞に分化することが示された。

また、ショウジョウバエの神経幹細胞は胚発生期だけでなく、より発生の進んだ幼虫期にも非対称分裂を行っている。Gβ13・dlg二重変異体の神経幹細胞の幼生期でのふるまいを観察するため、幼虫期のショウジョウバエの組織の一部にGβ13・dlgの変異を起こし、対称分裂を行う神経幹細胞の分裂の様子を観察した。その結果、二重変異体は神経細胞への分化を起こさず異常に増殖を続けるという、胚発生期の神経幹細胞と全く異なる挙動を示した。このような異常増殖はがん抑制遺伝子であるprosperoの変異体でも観察されている。二重変異体では、対称分裂に伴い娘細胞でのProsperoの非対称な分配が起こらず、かつ、娘細胞の体積が通常の神経母細胞よりも大きいため、結果的に娘細胞に対して十分量のProsperoが分配されないと考えられる。北島研究員らは、幼虫期にはこの事が原因になって異常増殖がおこるものと考えた。そこで二重変異体の神経幹細胞でProsperoの発現量を増やしたところ、異常増殖が確かに抑えられた。

野生型神経幹細胞は、胚生期、幼虫期ともに非対称分裂を行いながら神経細胞を作りだす。一方、 dlg Gβ変異型神経幹細胞は、胚生期には全ての細胞が神経細胞に分化するが、幼虫期には神経幹細胞と神経前駆細胞の中間の性格をもった細胞が過増殖する。

Gβ13・dlg二重変異体において胎生期の神経幹細胞はほとんどが神経細胞に分化したのに対し、幼生期では神経幹細胞が分化することなく異常な増殖を示したことは興味深い結果である。松崎グループディレクターは、「対称分裂する神経幹細胞の振る舞いは、胚発生期と幼虫期で劇的に変化します。ある環境ではおとなしく分化していた幹細胞が、違う環境では癌として異常増殖する、このような幹細胞の変異が他の動物でも生じる可能性をこの研究は提起しています」、とコメントした。