柔らかい上皮を維持するSrcの二面的な働き |
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動物胚は細胞同士がつながりあった一層のシートとして多細胞体の歩みをはじめる。形態形成の過程では胚の表面を包む上皮が所々で陥入し、体の中に入り込んでいくつもの重要な器官がつくられる。そのため、上皮細胞は互いに強固に接着しながらも、柔軟さを併せもたなければならない。このような安定性と柔軟性を実現するために、細胞間の接着結合を担うEカドヘリンが制御され、細胞接着のScrap & Build が繰り返されていると考えられる。しかし、その具体的な分子制御のメカニズムは未解明のままだった。
理研CDBの形態形成シグナル研究グループ (林茂生グループディレクター)の新道真代、和田宝成、海道雅子、館野実らはショウジョウバエの気管形成をモデルにした研究で、癌遺伝子の一つとして知られるSrcが、Eカドヘリンをタンパク質レベルでは抑制すると同時に、転写レベルでは活性化していることを明らかにした。この一見矛盾するSrcの制御によって接着結合のターンオーバーが高まり、上皮組織の柔軟性が実現しているという。この研究はDevelopment誌の4月号に掲載される(2月27日付けでオンライン先行発表)。
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Src42A(Src)の発現は細胞膜全体でみられるが(右パネル)、活性型のSrc42A(pSrc)は気管上皮の接着結合に局在している(中央パネル)。 |
ショウジョウバエの気管は、上皮の一部が胚の内側に陥入して分岐し、管状の構造を張り巡らすことで形成される。新道らはまず、気管上皮の形態に異常を示す機能獲得変異をスクリーニングし、Srcファミリーに属するSrc42AとSrc64Bを同定した。そこで、正常発生におけるこれらの遺伝子発現を調べたところ、形態形成が起きている数々の上皮細胞で活性化されていることがわかった。次に、Src42Aの機能欠損を行なったところ、将来気管を形成する背側分岐において、細胞の再配置や分岐伸長の遅れ、細胞数の減少といった多くの異常がみられた。
一般的にSrcはEカドヘリンの制御に関わることから、新道らは気管形成におけるEカドヘリンの機能についても解析した。その結果、Eカドヘリンを欠損すると気管細胞同士の接着が弱まり、逆に過剰発現すると細胞の再配置や分岐の伸長に遅れが出ることがわかった。また、Src42Aの過剰活性により細胞接着が弱まったが、Eカドヘリンを過剰発現させると部分的に回復した。これらの結果は、EカドヘリンはSrcの制御下にあり、気管形成の律速因子として働いていることを示していた。
次に彼らは、FRAPと呼ばれる蛍光脱色-回復実験を試みた。蛍光標識した特定の分子に強いレーザー光を当てて一旦脱色し、その蛍光の回復をみることで分子のターンオーバーを測る手法だ。Eカドヘリンと結合するαカテニンにGFPを融合してこの実験を行い、接着結合の動態とSrcとの関係を追った。すると興味深いことに、Srcを機能欠損すると接着結合におけるαカテニン-GFPの回復は遅くなり、逆にSrcの活性が上昇するとより多くのαカテニン-GFPが接着結合に流入することがわかった。林グループディレクターは、「この時私たちは、Srcは単にEカドヘリンを抑制するというよりも、そのターンオーバーを上げているのではないかと考えました」と話す。
しかし疑問が残った。Srcは基本的に接着結合に抑制的な作用をもつはずだが、なぜαカテニン-GFPの回復を早めたのだろうか。そこで彼らは、Eカドヘリンを活性化するArmadilloの経路も調べたところ、驚くべきことに、Srcによって活性化されていることが明らかとなった。このことは、Srcが接着結合部位においてはEカドヘリンを抑制しつつ、逆に転写レベルでは活性化していることを示していた。この相反する2つの機能は、Srcの活性化による接着結合のターンオーバーの上昇を説明していた。
Eカドヘリンの制御は、形態形成だけでなく癌転移にも重要な意味を持つ。Srcは癌細胞においてEカドヘリンの発現を抑制し、細胞間接着を緩めて転移を誘発することが知られていた。林グループディレクターは、「今回の研究によって、上皮組織がどのようにして形態形成に耐えうる柔軟性をもつのか、という古くからの疑問に答えることができました」とコメントした上で次のように続けた。「今回明らかになったSrcの機能は、癌細胞が元の組織から解離するだけでなく、なぜ別の組織に定着してしまうのかも明らかにしています」。
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