独立行政法人 理化学研究所 神戸研究所 発生・再生科学総合研究センター
2006年08月17日


IKKεがFアクチンの重合と細胞形態を調節する

PDF Download

発生における形態形成といえば、細胞集団が移動したり折れ畳まったりしながら器官や臓器を形づくる過程を示す。同様に、一つひとつの細胞にも「細胞形態」があり、それらの形が細胞の運動性や細胞同士の結合、もしくは細胞を取り巻く環境との相互作用に重要な意味をもっている。細胞の形態は細胞骨格と呼ばれる繊維状の構造によって調節されているが、その一つ、Fアクチンと呼ばれるタンパク質繊維は細胞内の特定の場所で形成され、細胞の形態形成や運動性に必須の役割を果たしている。しかし、Fアクチンがどの様に制御され、細胞運動が実現しているのか、そのメカニズムは未解明のままだ。

今回、理研CDBの大島健司研究員(形態形成シグナル研究グループ、林茂生グループディレクター)らは、IKKεと呼ばれるタンパク質リン酸化酵素がFアクチンの重合を負に制御し、細胞の形態を調節していることを明らかにした。ショウジョウバエの培養細胞と実際の胚を用いてIKKεの新たな機能を証明したもので、Current Biology誌に8月8日付けで発表された。東京大学、国立遺伝学研究所、東京都立大学との共同研究。

ショウジョウバエ成体頭部の走査電子顕微鏡像。IKKεの機能を阻害すると触角で過剰な分岐が
生じる(左、触覚部を偽着色)。右は正常なショウジョウバエ頭部。

大島らは、ショウジョウバエの気管上皮の形成に関与する遺伝子を探索する過程でIKKεを同定した。IKKεを過剰発現すると、上皮細胞に形態異常を生じ、さらに細胞極性が消失していた。正常細胞でのIKKεの発現を調べると、Fアクチンが局在する細胞外縁部よりも、より内側の細胞質に多く局在していることが分かった。また、FアクチンとIKKεの発現が重なる部位では、細胞の運動性を示す葉状仮足が不規則に波打っていた。

次に培養細胞でIKKεの発現を実験的に抑制したところ、正常な場合は平滑な細胞形態が、鋸歯状やスパイク状、星状といった形態変化を示すことが分かった。IKKεの過剰発現は逆の効果をもたらし、平滑な形態の細胞がより多く見られ、さらに興味深いことに、アポトーシスによって細胞が死滅していくことが分かった。また、Fアクチンのターンオーバーを調べると、IKKεの発現を抑制した細胞では、葉状仮足の縁から細胞内側へ向けての流れが減少していることが明らかとなった。

細胞の形態変化と移動は形態形成の様々な過程に必須であることから、上皮性の管腔構造が分岐して伸張するショウジョウバエの気管形成を観察することにより、生きた胚におけるIKKεの機能を詳細に探ることにした。IKKεの機能を欠損した胚の気管末端細胞では、誤った方向への伸長、分岐、細胞数の倍加、といった形態の異常が約30%の頻度で見られた。これは、細胞内におけるFアクチンの異所的な蓄積により、末端分岐の動態と形態に異常を来たしたことが原因と考えられた。感覚毛や触角の末端など、Fアクチンの重合による伸張運動が関与する他の器官形成においても、同様の異常が見られた。

彼らは、IKKεの過剰発現とアポトーシスの増加の関係についても解析を進めた。アポトーシスの抑制因子で、IKKεの基質となることが知られているDIAP1に注目した。するとDIAP1の増加は、IKKεを欠損した際の表現型を増強させ、逆にDIAP1の減少により、IKKε欠損の表現形が抑えられた。また、IKKεの機能を欠損させると、DIAP1のタンパク質量が3倍にまで増加することが分かった。Fアクチンが関与して起こる形態形成には一定頻度でのエラーが避けられない。今回の研究の結果から大島らは、IKKεはDIAP1の抑制により形態形成の誤りを修正するメカニズムを担うと考えている。もともとアポトーシスの抑制因子として知られていたDIAP1が、細胞形態の調節にも機能していることは興味深い結果だった。

IKKファミリーに属するタンパク質リン酸化酵素は、免疫応答の調節因子として知られる。林グループディレクターは、「IKKεが、Fアクチン依存性の形態形成という全く異なる機能をもつことに驚かされた。そしてIKKεが、DIAP1やカスパーゼのアポトーシス以外の機能を負に抑制していることにはさらに驚かされた」と話す。「IKKε-IAPの経路は脊椎動物でも見られるので、進化的に保存されたカスパーゼのアポトーシス以外の機能が明らかになるかもしれない」と今後の期待を語る。


掲載された論文 http://www.current-biology.com/content/article/abstract?uid=PIIS0960982206017507

[ お問合せ:独立行政法人 理化学研究所 神戸研究所 発生・再生科学総合研究センター 広報国際化室 ]


Copyright (C) CENTER FOR DEVELOPMENTAL BIOLOGY All rights reserved.