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丸い受精卵からいかにして精巧な形態の胎児ができるのか―、発生生物学にとって本質的な疑問の一つだ。ショウジョウバエの場合はそもそも卵の形が細長く、母体の中ですでに頭と尾の向き(前後軸)が決められている。一方、ヒトやマウスの卵は球形で、前後・背腹・左右の順で体の3つの軸を順次獲得し、各器官の位置情報を決定していく。最初に獲得される哺乳類の前後軸は、遠位臓性内胚葉(DVE:distal visceral endoderm)と呼ばれる領域の細胞群によって決定されることが知られている。では、さらに遡って、DVEの細胞はどのようにして選ばれるのだろうか。ハエのように母体内ですでに前後の位置情報が決まっているのか、はたまた発生過程で新たに決定されるのか、詳細は不明だった。
理研CDBの高岡勝吉客員研究員(個体パターニング研究チーム、濱田博司チームリーダー)らは、マウスを用いた研究から、胚盤胞期に分泌されるNodalシグナルを受けてランダムに選択された細胞が、NodalとLefty1のネガティブ・フィードバック制御を受けてDVEを形成し、正確な前後軸が誘導されることを明らかにした。本成果は科学誌Nature Communicationsに2017年11月14日付で掲載された。なお、高岡研究員は現在、ドイツのマックスプランク研究所にて研究を行っている。
DVEはHex遺伝子で標識される細胞群で、マウスでは胎生5.5日頃、将来頭と尾になるちょうど中央付近に生じる。この細胞群が頭部側に移動し(前側臓性内胚葉(AVE:anterior visceral endoderm)と呼ばれる)、頭部誘導シグナルを発信することで、胎生6.5日頃に前後軸が形成される。これが従来の定説だった。しかし高岡らはこれまでの研究で、DVE細胞群がHexの他にLefty1を発現していることを示し、将来DVEになる細胞を胎生4日目まで遡って特定することに成功。さらに、DVEとAVEは異なる細胞に由来し、DVEは後発のAVEを頭側へ誘導する役割を担っていることを明らかにし、前後軸形成機構の新たなモデルを提唱した。では、将来DVEとなる細胞群、すなわちLefty1発現細胞はどのようにして決まるのか。胎生4日以前にさらに遡って、DVE細胞群決定の仕組みを探った。
Lefty1は、胎生3.5日頃にエピブラスト前駆細胞の一部に、その後4.5日頃には原始内胚葉細胞の一部に発現する。そこでまず、これらの直前の時期の胚を用いてLefty1の発現を制御する遺伝子を調べると、Nodalシグナルの下流の転写因子Foxh1がLefty1の発現を直接制御していた。実際に、Foxh1やNodalシグナルのリガンドであるNodalを欠損した胚ではLefty1の発現が消え、反対に、NodalのmRNAを導入した細胞、もしくはその近傍の細胞ではLefty1が発現することが確認された。さらにNodalとLefty1の発現の様子をライブ・イメージングで調べた結果、Nodalは1つの細胞から周辺細胞へと一気に発現が広がる一方で、Lefty1は最初にNodalを発現した細胞の近傍の数個の細胞のみで発現し続け、他の細胞には広がらないことが示唆された。
Lefty1はなぜ一部の細胞でしか発現しないのだろうか。Lefty1はNodalシグナル阻害因子として知られることから、高岡らは、Lefty1を欠損させた胚を用いて、その影響を調べた。すると、Lefty1欠損胚ではNodalシグナルが過剰になり、さらに将来DVEを作る細胞の数が増大していた。このことから、Nodalシグナルを受信した細胞がLefty1を発現すると、Lefty1は速やかに拡散してNodalシグナルを抑制し、周辺細胞におけるLefty1の発現開始も抑える。このネガティブ・フィードバック機構によって、将来DVEを作る細胞が一部に限局されると考えられた。さらに、胎生3.5日目にすでにLefty1を発現している複数個の細胞をレーザー照射して取り除くと、その時点でNodalの発現レベルが最も高い細胞が新たにLefty1を発現し、その後正常にDVEが形成され、前後軸が誘導された。このことから、Nodalシグナルを受信してLefty1を発現する細胞(将来DVEになる細胞)はランダムに選ばれることが実証された。
高岡研究員は、「すべての原始内胚葉細胞はDVEになるポテンシャルを持っており、この中でNodalシグナルを最初に強く受け取った細胞が‘偶然’に選ばれて、DVEを形成します。つまり、胚盤胞期(胎生3日頃)より前に前後の位置情報は決まっておらず、ヒトやマウスはハエとは異なる体軸獲得の仕組みを備えていると考えられます」と話す。また濱田チームリーダーは、「今回の研究では、複数の遺伝子欠損胚を作製したり、予定DVE領域を除去したりといった操作をしましたが、DVE形成過程に野生型との相違点が見られるものの、最終的には正しく前後軸が形成されました。このことから、前後軸決定の分子機構は非常に頑強でしなやか(robust)であることが分かります。我々の体の非対称性の起源、初期の発生機構はまだまだ分からないことばかり。興味は尽きません」と語った。
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