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細胞分裂の際は、染色体も2つに分配される。ヒトは23組46本の染色体を持つが、それらのペアを取り違えることなく、均等に2つに分配する仕組みは実に巧妙だ。まず全ての染色体が細胞の赤道面に整列する。分配を担うのは微小管でできた「紡錘体」と呼ばれる装置だ。整列した染色体に微小管の先端が結合すると、タイミングを合わせて一気に反対方向に引っ張られ、2つに分かれる。遺伝情報を正確に次世代に受け渡すための重要な仕組みだが、実は、卵子の元となる卵母細胞は体細胞に比べて圧倒的にエラーが多いことが知られる。卵母細胞の染色体分配異常は、流産やダウン症をはじめとする先天性疾患の原因になるのに、だ。卵母細胞の染色体分配でミスが多発する理由とは、一体何なのか。
理研CDBの京極博久研究員(染色体分配研究チーム、北島智也チームリーダー)らはマウスを用いた研究で、顕微操作によって細胞質のサイズを2倍または半分に増減させた卵母細胞を作出。これらの染色体分配の様子を詳細に比較解析し、細胞質が大きいほど分配時のエラーが生じやすくなる仕組みを明らかにした。本成果は科学誌Developmental Cellに2017年5月8日付で掲載された。
卵子は体内で最も巨大な細胞で、受精直後の胚発生に必要な栄養分を備えている。卵子の元となる卵母細胞も成長時には通常の体細胞の数十~数百倍の体積を持ち、その大部分を細胞質が占める。卵母細胞に特異的にエラーが多いのは、卵母細胞の最大の特徴であるその巨大さによるのではないか。何人もの研究者が仮説を立てたが、これまで因果関係は実証できていなかった。そこで京極らは、マイクロピペットによる顕微操作で細胞質のサイズを人為的に増減させることに挑戦。核を除いた卵母細胞を別の卵母細胞と融合させた2倍サイズの卵母細胞と、細胞質を定量的に除去した半分サイズの卵母細胞を作り出す手法を確立した。これらを用いて、細胞質の大きさが染色体分配機構に及ぼす影響を検証した。
まず、ライブイメージングにより染色体分配時の染色体と紡錘体の動きを動画撮影し、4次元解析を行った。すると、細胞質サイズに比例して紡錘体自体のサイズも大きくなることが分かった。また、卵母細胞には体細胞の分裂時に紡錘体の双極に形成される2つの中心体が見られず、代わりに複数の微小管形成中心(microtubule-organizing center:MTOC)が形成され、それらが2極に集合することで中心体と同様の役割を果たすことが知られる。このMTOCの動きを観察すると、細胞質が大きいほどMTOC集合時の密度が低く、幅広の極を作っていた。さらに、細胞質が大きいほど染色体が赤道面に整列するのに時間がかかり、整列時のエラーも起きやすくなることが観察された。細胞が巨大になると紡錘体の極同士が離れ、極自体も幅広になるため、整列する染色体が両極を見分けにくくなると考えられる。
染色体の整列に時間がかかる一方、細胞質の大きな卵母細胞ほど、紡錘体が両端の極に引っ張られ染色体が2つに分かれるタイミングは早くなることが観察された。これは一体どういうことなのか。染色体分配の厳密性を期すため、細胞には、染色体が正しく整列するまで分配を抑制する仕組みが備わっている。紡錘体チェックポイントと呼ばれる機構で、染色体分配エラーを防ぐ最後の砦だ。紡錘体チェックポイントに働く因子群は核内で生産され、細胞分裂時に核膜が崩壊すると細胞質中に放出される。詳しく調べると、細胞質が大きいほど因子の密度が下がり、そのためにチェックポイントの働きが鈍って、染色体が早いタイミングで分かれてしまうことが判明。実際に、細胞質の大きな卵母細胞ほどチェックポイントがうまく機能せず、正しく整列しないまま不均等に分配されてしまう染色体も多数観察された。
「今回、細胞質のサイズを定量的に調節する顕微操作技術によって、卵母細胞のもつ巨大な細胞質が染色体分配エラーの理由の一つであることを実験的に示すことに成功しました。極端に大きな細胞質は、胚の初期発生に重要だとされていますが、もしそうだとすれば、利を得るための『犠牲』も払っていた、ということでしょう」と北島チームリーダーは語る。「巨大な細胞質がどのように染色体分配エラーを引き起こすのか。その分子機構の解明が次の課題です。卵母細胞では、母体の加齢によって染色体分配エラーが起きやすくなることも分かっています(*科学ニュース2015.07.01)。種々のエラーの原因を正しく理解することで、染色体数異常の予防や克服のための戦略につなげたい。」
掲載された論文 |
Large cytoplasm is linked to the error-prone nature of oocytes |
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