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栄養不足環境を生き抜く鍵はトレハロースにあり

2017年05月17日
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トレハロースは非還元型二糖(グルコースが2つ結合したもの)で、昆虫や微生物はトレハロースを生体内で合成して蓄え、必要に応じてグルコースに分解することで主要な栄養源として用いている。また、酵母や微生物など様々な生物において、細胞を乾燥や温度変化といった各種ストレスから細胞を守る働きも担うとされる。ヒトを含む哺乳類は、トレハロースを体内で合成することはできないが、一方でトレハロース分解酵素・トレハレース(Treh)は細菌から哺乳類まで共通して保有しており、体外から摂取したトレハロースを体内で分解して積極的に活用していることが知られている。しかし、Treh自身の生理機能は未だ不明な点も多い。

理研CDBの八杉徹雄研究員(成長シグナル研究チーム、西村隆史チームリーダー)らはショウジョウバエを用いた研究で、これまでに異なる研究グループから発表された3つのTreh変異体を改めて詳細に比較解析した。そしてそれらの表現型の微妙な違いから、トレハロースの代謝が、栄養不足な環境下でも生き抜くための必須要素であることを明らかにした。本成果は科学誌Scientific Reportsに5月9日付で掲載された。

  1. (右上)脳の神経上皮組織の形態。研究チームが作製した変異体には異常は見られない。
    (左) 餌の組成とさなぎまでの生存率。Treh変異体は糖またはタンパク質不足の影響を受けやすい。
    (右下)野生型とTreh変異体の消化管。形態や機能に大きな異常は見られなかった。

研究チームは2016年、ゲノム編集技術でTrehを完全に欠損させた変異体を作出し、その表現型を報告した(*科学ニュース2016.08.24)。一方、その直前の2014年と2015年に相次いで、Trehを部分的または機能的に欠損した変異体に関する論文が、海外の異なる研究グループから発表されていた。だが奇妙なことに、これら3つのTreh変異体の表現型には微妙にズレがあった。いずれも成虫になる前に死んでしまうのだが、研究チームの完全欠損体はさなぎ期まで発育が進むのに対し、2014年の論文の部分欠損体は幼虫期後期からさなぎ期にかけて、2015年の論文の機能欠損体は幼虫期初期に致死と報告されていたのだ。また、2014年の論文は脳にも顕著な形態異常が見られるとしていた。同じ遺伝子の変異体であるはずなのに、なぜ3つの表現型は異なるのか。この謎に迫るべく研究を開始した。

八杉らは他の2つの変異体を各研究グループから譲り受け、まずは脳の形態について解析した。すると、2014年の論文の部分欠損体では確かに、本来単層である神経上皮組織が多層化し、波打つように乱れていた。一方、他の変異体ではこの様な脳の構造異常は見られなかった。そこでTrehと同じ染色体上の遺伝子を詳細に調べると、部分欠損体では染色体の端に位置するlgl遺伝子までも一部欠損していたことが判明。脳の上皮組織の形態異常はTrehではなく、このlglの欠損によるものであることを突き止めた。

では、Treh変異体が致死となるタイミングの違いについてはどうか。2015年の論文の機能欠損体を研究チームの完全欠損体と同様に飼育してみると、不思議なことに、幼虫期を越えてさなぎ期まで発育が進んだ。幼虫の成長度合いやさなぎの大きさにも違いはなく、また、分解されずに体内で蓄積しているトレハロースの量もほとんど同じだった。そこで八杉らは、海外の研究グループとの飼育環境の違い、特に餌の違いに目を付けた。通常、ショウジョウバエの餌は、グルコース(糖)・酵母(タンパク質など)・トウモロコシ粉(糖、脂質、ビタミンなど)を混ぜて用いるが、その原料やレシピは研究室ごとに異なっているのだ。

餌の各成分を増減させてTreh変異体の発育を調べると、糖またはタンパク質を減らした場合に、幼虫の生存率が著しく低下することが判明した。一方、トレハロース合成酵素であるTps1を欠損した変異体は、糖を不足させると生存率が下がるが、タンパク質の不足では生存率は低下しない(*科学ニュース2014.12.22)。そこで、TrehTps1を同時に欠損させた二重変異体を作成すると、タンパク質不足でも致死にならず、さなぎまで生存できた。このことから、トレハロース自体の不足ではなく、分解が滞りトレハロースが体内に過剰蓄積することが幼虫期での致死の原因であることが分かった。なお、各変異体の摂食量自体は正常なハエと同程度であり、消化器官の形態や働き、脂肪体(哺乳類の肝臓にあたる器官)の機能にも大きな異常は見られないことを確認している。

「これまで、ショウジョウバエはHox遺伝子をはじめ形態形成の研究に用いられるのが一般的で、餌は生存に必要な成分を満たしていれば、組成はあまり問題になりませんでした。しかし、今回のように栄養・代謝・成長などの研究に用いる場合には、飼育時の餌にまで注意を払う必要がある。論文に明記すべき項目として、今後追加されることになるかもしれません。」と西村チームリーダーは語る。「トレハロースは非還元糖で、高脂血症や動脈硬化の原因となるグルコースなどの還元糖とは性質が異なります。しかし今回、トレハロースも正常に代謝されなければ悪さをする可能性が示唆された。トレハロースの過剰蓄積により生体内で何が起きているのか、それを解明することが次の目標です。」

掲載された論文

Adaptation to dietary conditions by trehalose metabolism in Drosophila.

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