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上皮細胞は隙間なく敷き詰められた単層のシートを作り、体表や管腔の表面を覆って、様々な生理的機能を果たす。この多角柱状の細胞には方向性(極性)があるのが特徴で、空気や体液に触れる側を頂端面、結合組織と触れる側を基底面と呼ぶ。頂端部では、面をぐるりと取り囲む形でアクチン線維(Fアクチン)が凝集して頑強なケーブルを成しており、これに沿って「接着結合」と呼ばれる強固な細胞間接着を形成していることが知られている。しかし、「接着結合」は接着構造の一部に過ぎず、その下方に広がる細胞膜間の接着(側面部の接着)については、頂端部ほど構造的な特徴がないことなどから、これまであまり調べられてこなかった。
理研CDBの西村珠子訪問研究員(高次構造形成研究チーム、竹市雅俊チームリーダー)らは培養上皮細胞を用いた研究で、DAAM1(フォルミンの一種でアクチン重合を開始させる機能を持つ)が、上皮細胞の側面部における接着の安定化に寄与することを明らかにした。さらに、DAAM1欠損細胞を詳細に解析し、DAAM1不在下で側面部の接着面が不安定になる分子メカニズムを同定した。本成果は米科学誌The Journal of Cell Biologyオンライン版に11月2日付で先行公開された。
西村らは2012年、神経板が湾曲する際に、神経板細胞の頂端面を取り囲むアクチンケーブルを一方向(前後軸に対して垂直方向)に収縮させる仕組みを明らかにした(*科学ニュース2012.5.28)。このとき、細胞間接着部で収縮を誘導する分子の1つとして同定されたのがDAAM1だった。過去の研究では、心臓でDAAM1を欠損したマウスでは、心筋細胞の細胞間接着およびサルコメア(筋節)形成に異常を来すことが報告されていた。さらに、脳腫瘍の一種である星状細胞腫において、DAAM1の発現が低下すると浸潤しやすくなる可能性も示唆されていた。そこで、西村らは細胞間接着の観察に適した培養上皮細胞を用いて、DAAM1のより詳細な機能を探った。
まずは局在を調べると、DAAM1は上皮細胞側面の細胞間接着部に局在していた。また、Fアクチンは、頂端面のケーブルとは異なる形で側面部にも分布し、ここでDAAM1と重なっていた。DAAM1を欠損させると、DAAM1と共局在していた側面部のFアクチンが減少し、細胞接着面が異常に斜めになるなど、細胞の接着が乱れた。動画を撮影してみると、細胞接着面が不安定に揺れ動く様子が観察された。また、上皮細胞をゲル内で数日間培養すると、通常は細胞が放射状に整然と配列した胞状の構造を作る。しかし、DAAM1欠損細胞では細胞がうまくまとまらず、一部の細胞が辺縁部からぼこぼこと突出する様子が観察された。さらに、DAAM1欠損細胞を正常細胞と混ぜて培養すると、DAAM1欠損細胞は正常細胞の隙間に長い突起を伸ばすという一種の浸潤行動が観察された。これらのことから、DAAM1はアクチンを介して細胞接着面を安定に保ち、上皮組織を正常に維持する役割を担うと考えられる。
では、DAAM1不在下ではなぜ細胞接着面が不安定になってしまうのだろうか。細胞は移動などの際、進行方向にある細胞膜の動きが活発になりアメーバの足のように動くが、この細胞膜の活発化にはWAVE複合体と呼ばれる分子群が関与することが知られている。そこで、DAAM1欠損細胞におけるWAVE関連分子を調べると、細胞接着面の不安定化にはWAVE2とその上流因子Racが働いていることが判明した。
「今回の研究から、DAAM1はWAVE複合体による細胞膜の運動活発化機構と拮抗することにより、上皮細胞の接着面を安定に維持していることが明らかになりました。びしっと敷き詰められた形で安定している上皮細胞ですが、実は活発に動くポテンシャルも秘めているということには驚きでした。」と西村研究員は話す。また、竹市チームリーダーは、「WAVE複合体による接着面の運動の活性化は、細胞移動が必要な傷の修復過程などに重要なのでしょう。一方で、DAAM1による運動抑制を逃れてこれらが暴走すれば、がんの浸潤のようなリスクに通じる。DAAM1の生体内における機能を詳細に調べることで、がんの浸潤メカニズム解明のヒントが得られるかもしれません」と語った。
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