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1つのシグナルで異なる2つの細胞の運命を決める仕組み

2016年12月08日
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体内には血管、気管、消化管など、様々な管状の組織がある。発生初期には平坦な上皮細胞のシートだったのものが、特定の誘因因子に導かれて隆起・伸長・分岐し、やがて全身に渡る管のネットワークが築かれる。緻密なネットワークの形成には、誘因因子を受け取って正しい方向へと細胞集団を率いる「先端細胞」の決定と機能が重要だ。呼吸器形成においては、昆虫から哺乳類まで共通してFGFシグナルが誘因因子として働くことが知られる。ショウジョウバエの気管は、各体節に生じる左右10対の気管原基が分岐・伸長し、互いに結合することで形成されるが、興味深いことに、この気管原基の先端にある2つの細胞は、性質も形状も全く異なる細胞へと分化していく。伸長端で集団を率い、原基の結合時にはドーナツ型に変形して管腔をつなぐ「融合細胞」(*科学ニュース2016.4.21)と、1つの細胞ながら複雑な分岐と管腔の構造を持ち、細気管支のような働きをする「末端細胞」だ。隣り合う2つの先端細胞は、一体どのようにして別々の運命へと導かれていくのだろうか。

理研CDBのGuangxia Miao研究員(形態形成シグナル研究チーム、林茂生チームリーダー)らは、ショウジョウバエ気管原基の先端細胞を詳細に解析。転写因子EscargotEsg)が融合細胞特異的に発現し、FGFシグナルを受け取る細胞を巧みに切り替えることで、全く性質の異なる2種類の細胞を生み出していることを明らかにした。本成果は科学誌Development電子版に10月14日付で先行公開された。

  1. (左)ショウジョウバエ気管形成の模式図と顕微鏡像。ステージ14に先端細胞と柄細胞が決定し、ステージ15には融合細胞と終末細胞に分化する。いずれも左が頭側、右が尾側。(右)末端細胞は1つの細胞ながら、複雑な分岐と管腔の構造を獲得し、細気管支のように働く。

FGFシグナルは気管形成において多彩な役割を担う。まず、FGFを最も多く受け取った細胞は先端細胞へと運命づけられる。先端細胞はすぐにNotch-Deltaシグナルによって近隣の細胞を抑制し、自身の遊走に付き従う柄細胞を決定する。また、FGFは融合細胞の遊走の方向指示役も果たす。加えて、末端細胞の分化と成熟にも寄与する。しかし、気管原基の先端に隣接し、ほぼ等価と考えられる融合細胞と末端細胞の分化と機能を1つのシグナル分子が制御する仕組みは、これまで不明だった。

そこでMiaoらはまず、FGFを受け取る細胞の分布を解析。気管原基の発生当初は融合細胞、末端細胞を含む複数の細胞でFGFの下流シグナルがONになっているが、原基の伸長と融合が起こるステージ13~15にかけて末端細胞以外ではFGFシグナルが失われることを確認した。また、これまでの研究から、融合細胞同士の接着への寄与が指摘されていたEsgに着目。この変異体を詳しく観察すると、変異体の融合細胞は遊走を停止できず、気管枝の融合に失敗し、代わりに末端細胞のように過剰に分岐を伸ばす様子が観察された。Esg変異体の融合細胞では、FGFシグナルの活性や遺伝子マーカーの状態も末端細胞様の特性を示していた。これらのことから、Esgは融合細胞特異的に発現してFGFシグナルを抑制し、融合細胞が末端細胞化するのを抑えていることが明らかになった。

  1. Esg変異体では、融合細胞同士がうまく接着できず、過剰な分岐を作る(左)。また、Esg変異体では融合細胞が末端細胞化し、末端細胞が2つになる(右)。(スケールバーはいずれも10µm)

融合細胞と終末細胞の配置を経時的に観察すると、ステージ14~15にかけて、必ず前後の位置関係が逆転する。終末細胞の形態上、この配置換えは気管ネットワークの形成に重要だと考えられるが、一体何によって制御されているのか。Miaoらは2015年、レーザー照射による熱刺激でFGFを異所的に発現させることができる遺伝子改変ハエを作製していた。このハエを用いてFGFを様々な箇所で発現させたところ、融合細胞はFGFシグナルを避けるように移動する一方、末端細胞はFGFシグナルに引き寄せられるように方向を変えたり、新たな分岐を作ったりした。また、Esg変異体の融合細胞はFGFに反応を示さなかった。FGFシグナルに対する2つの細胞の反応性の違いが、結果的に配置換えを生じさせるようだ。

「初めに最も強くFGFを受け取った細胞が融合細胞への分化を運命づけられると、EsgによってFGFへの応答をシャットダウンされ、次にFGFを強く受け取った細胞が終末細胞へと分化していく。Esgは線路の分岐器のように、FGFシグナルを受け取る細胞を時間差で切り替える働きを担っており、これによって細胞の個性が生じるようです」と林チームリーダーは語る。「生体内では、シグナル分子の数よりも細胞の種類の方が圧倒的に多い。細胞の多様性を生み出すには、1つのシグナルをうまく使いまわすことが必須です。本研究では、そのような生物の巧みな戦略の一端を垣間見ることができました。」

掲載された論文

Escargot controls the sequential specification of two tracheal tip cell types by suppressing FGF signaling in Drosophila.

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