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生体内でゲノム編集を可能にする新技術「HITI」

2016年11月21日
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近年、狙った遺伝子を簡単に書き換えることができる「ゲノム編集」技術が注目されている。中でも2012年に発表されたCRISPR/Cas9システムは瞬く間に世界中に広まり、次期ノーベル賞の呼び声も高い。このシステムは、細菌の持つ生体防御機構である部位特異的DNA切断酵素Casを応用したものだ。ガイドRNAと呼ばれる短いRNAとCas9を同時に細胞に導入すると、ガイドRNAの認識するゲノム上の配列にCas9が結合し、DNAの二本鎖が切断される。細胞にとって危機的な状況である二本鎖の切断はすぐに修復されるが、この修復機構を利用して特定の遺伝子配列を挿入したり、変異を誘導して機能させなくしたりできるのだ。ゲノム編集技術の開発には世界中の研究室が凌ぎを削っており、ここ数年でさらに目覚ましい進化を遂げている。

理研CDBの恒川雄二研究員(非対称細胞分裂研究チーム、松崎文雄チームリーダー)らは米ソーク生物学研究所の鈴木啓一郎研究員、Juan Carlos Izpisua Belmonte教授らとの共同研究で、CRISPR/Cas9システムを応用し、非分裂細胞でも高効率に遺伝子挿入できる新たなゲノム編集技術「HITI」を開発した。さらに、この技術を用いてマウス生体内でゲノム編集できることを実証した。本成果は科学誌Natureのオンライン版にて11月17日付で先行公開された。

  1. 非相同末端修復経路を利用したHITI法の仕組み。遺伝子が逆方向に挿入されたり、挿入されず元のまま修復されると、切断酵素認識配列が復活し、正しく挿入されるまで切断・修復を繰り返す。

二本鎖DNA切断の修復機構には2つの経路がある。細胞分裂の際に起こる相同組み換えという仕組みを利用して、もう一方の染色体にある同じ遺伝子の配列を鋳型に切断部を修復する「相同組み換え経路」と、応急処置的に二本鎖をつなぎ合わせる「非相同末端修復経路」だ。前者を利用すると任意の遺伝子配列を特定部位に挿入することが可能で、しかも元ある配列を参考にするためミスが起こりづらい。しかし、活発に分裂している細胞でしか遺伝子改変できないという難点があった。体の大部分の細胞は分化細胞で、ほとんど分裂しない。後者の経路をうまく活用できれば、非分裂細胞でも効率よく遺伝子挿入できるかもしれない。

そこで、恒川らは既存のCRISPR-Cas9システムを応用し、非相同末端修復経路の修復過程で「正しい方向で目的の遺伝子配列が挿入された場合」のみ安定するように工夫して導入遺伝子の配列を設計。この方法を、「HITI(Homology-independent targeted integration:相同組み換え非依存的な特異的遺伝子挿入)」と名付けた。まずはヒト培養細胞で試してみると、従来法より10倍以上の高効率で特定の部位に目的の遺伝子を挿入できることが判明。また、マウス脳から取り出した神経細胞を用いて非分裂細胞の導入効率を調べると、これまでにない高効率(全体の細胞の約0.6%遺伝子を取り込んだ細胞の約60%)で正しく目的の遺伝子が挿入されていることが確認された。

  1. 神経細胞で発現するmTubb遺伝子の下流にGFP遺伝子の挿入を試みた。HITI-AAVをマウス成体脳に直接注入すると高効率に目的遺伝子の挿入が確認されたが、AAVのみでは細胞内に遺伝子が導入されても組み換えはほとんど起こらなかった。(スケールバーは100µm)

シャーレの中の非分裂細胞では遺伝子挿入できたが、生体内ではどうか。アデノ随伴ウイルス(AAV)は比較的安全に効率よく生体内の細胞に遺伝子を導入できるツールとして知られる。そこでAAVベクターにHITIを搭載し(HITI-AAV)、マウス成体の脳や筋肉などに直接注入すると、注入した近傍の細胞で遺伝子挿入を確認できた。また、静脈注射で投与すると、脳以外の全身の組織(心臓、肝臓、骨格筋など)の3~10%の細胞で遺伝子挿入を確認できた。さらに、遺伝性疾患である網膜色素変性症のモデルラットの眼球にHITI-AAVを直接注入すると、変異遺伝子の発現がわずかに回復し、薄くなった網膜視細胞層の厚みが一部回復するなどの効果が得られた。

「狙った部位以外への挿入や、変異・欠失などのミスは一定の頻度で起こりますし、生体内での挿入効率も決して高いとは言えない。当然ながら、HITIを臨床応用するまでにはまだまだ改善すべきことが山積しています。それでも、生体内でゲノム編集が可能であることを世界の研究者に示すことができたのは大きな一歩です。この分野はまさに日進月歩ですから、今後の技術革新が期待されます」と恒川研究員は話す。「今回のHITIの技術は、臨床応用だけでなく基礎科学、特に神経科学の領域では強力なツールとなるでしょう。特定の細胞だけに蛍光タンパクの遺伝子を挿入して可視化したり、その系譜を辿ったり。遺伝子改変動物の作製が難しかった鳥類や霊長類などの遺伝子改変も可能。夢が広がります。」

掲載された論文

In vivo genome editing via CRISPR/Cas9 mediated homology-independent targeted integration.

 

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