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患者由来iPS細胞から作った小脳の細胞で病態解明へ

2016年11月15日
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小脳は小さく見えて、実は巧妙に折りたたまれたヒダ構造を持ち、広げるとその面積は大脳を凌ぐとも言われている。知覚と運動機能を統合的に制御しており、小脳に異常を来すと呂律が回らなくなったり、うまく歩けなくなったりといった症状を呈する。小脳疾患の一つである脊髄小脳変性症は、国内の患者数は約3万人、そのうち1/3が遺伝性とされる。中でも6型と呼ばれるタイプは、小脳神経細胞の1種、プルキンエ細胞が選択的に変性・脱落することで小脳全体が委縮する。原因遺伝子は同定されているものの、発症に至る分子機構は未だよくわかっておらず、根治を目指せる有効な治療法も見出されていなかった。

理研CDBの石田義人客員研究員、六車恵子専門職研究員(非対称細胞分裂研究チーム)らは、患者由来iPS細胞から小脳プルキンエ細胞を作製し、病態を細胞レベルで再現することに成功した。さらに、ストレス環境下で培養することで患者由来プルキンエ細胞がある種の脆弱性を示すことを明らかにし、この培養法を新規薬剤探索の評価法として活用できる可能性を示した。なお、本研究は広島大学、京都大学との共同で行われ、成果はオンライン科学誌Cell Reportsに11月1日付で掲載された。また、石田研究員は塩野義製薬株式会社に所属するが、本研究に塩野義製薬の企業としての寄与はない。

  1. Cav2.1(緑)の細胞内の蓄積量が健常人<ヘテロ<ホモの順で増大している(左)。
    一方、αACT、TAFの発現量は健常人>ヘテロ>ホモの順で低下する(右)。スケールバーはいずれも10µm。

脊髄小脳変性症6型(SCA6)は、カルシウムイオンチャネルのαサブユニット「Cav2.1」をコードする遺伝子CACNA1AのC末端に、グルタミン酸をコードするCAGのリピート配列が過剰に伸長することが原因とされる。CAGリピートの過剰伸長によって起こる疾患をポリグルタミン病と総称するが、ハンチントン病など他のポリグルタミン病は100リピート以上という極端な伸長が見られるのに対し、SCA6は通常8~14のところ20~23リピートに伸長しただけでも発症に至る。このことから、何か別の発症機序がある可能性が指摘されていた。六車らは昨年、ヒトES細胞およびiPS細胞から、成熟した小脳プルキンエ細胞を作製することに成功していた(*科学ニュース2015.2.16)。そこで今回、この技術を用いて患者由来iPS細胞からプルキンエ細胞を誘導し、シャーレの中に病態を再現することに挑んだ。

健常人とSCA6患者(ヘテロ接合型2名、ホモ接合型1名)の皮膚または血液の細胞からiPS細胞を樹立。これらのiPS細胞の遺伝子は、確かに提供者のCAGリピートの長さを反映していることを確認した。ここから成熟したプルキンエ細胞を誘導し詳細に解析すると、病理解剖所見と一致して、患者由来プルキンエ細胞ではCav2.1タンパク質の異常蓄積が観察された。また最近、ヒト株化細胞などを用いた研究でCACNA1AのC末端は別の転写因子α1ACTとして働くことが報告されていた。そこでα1ACTおよびその標的分子とされるTAF1の発現を調べると、患者由来プルキンエ細胞では、α1ACTと同時にTAF1も発現が低下することが分かった。TAF1は細胞の成長や増殖に機能する分子であり、Cav2.1の異常蓄積と同時にTAF1の発現が低下することがSCA6患者由来プルキンエ細胞の脆弱性をもたらす原因と示唆される。

  1. T3を一時的に除きストレスをかけると、患者由来プルキンエ細胞は顕著に変性する。ここに既存の薬剤(TRH、リルゾール)を添加すると、
    脆弱性は抑制できた。スケールバーは20μm。

SCA6は晩期発症型であるため、シャーレの中でも短期間の内に病態を再現することは難しい。そこで、プルキンエ細胞の成熟と維持に必須である甲状腺ホルモンT3を一時的に培養液から除き、ストレス環境下で培養。すると、扇状に広がっていた樹状突起が患者由来プルキンエ細胞では顕著に退縮し、細胞体が小さくなるなどの脆弱性を示すことがわかった。さらに、この脆弱性を指標に薬剤の評価ができないか検証したところ、既存のSCA6治療薬である甲状腺刺激ホルモン放出ホルモン(TRH)、および筋萎縮性側索硬化症(ALS)治療薬として知られるリルゾール(他の研究グループが神経変性疾患にも効果があると報告していた)で脆弱性を抑制する効果があることを確認した。

「これまで脊髄小脳変性症の研究にはマウスやラットなど別の生物種を用いたり、過剰発現など遺伝子改変による実験系を用いて行われていましたが、病態モデルとしては不十分なところがありました。患者さん由来の細胞とiPS細胞技術を用いることで病態を再現できる可能性が広がったのは大きな強みと言えます。」と六車研究員は語る。「SCA6以外のタイプでは、大脳や小脳プルキンエ細胞以外の細胞も変性する場合があります。私たちは疾患特異的iPS細胞から小脳や大脳の立体組織を作製する技術も持ち合わせていますので、今回のような細胞レベルの研究と組織レベルの研究を組み合わせて多角的に解析することで、種々のタイプの脊髄小脳変性症をはじめ神経変性疾患の病態解明に寄与したいと考えています。」

掲載された論文

Vulnerability of Purkinje Cells Generated from Spinocerebellar Ataxia Type 6 Patient-Derived iPSCs.

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