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ショウジョウバエの背中に生える剛毛は、機械的な刺激を感知する感覚毛だ。1本の剛毛は1つの細胞が細く長く伸長することで形成されことから、剛毛細胞は単一細胞の形態変化を観察する良いモデルとなる。剛毛を輪切りにしてみると、アクチン線維の束が細胞膜付近に一定間隔で並んでいる。さらにこの束を詳しく観察すると、束を構成するアクチン線維もまた結晶構造のように非常に精密に規則正しく配置されている(六方細密充填構造と呼ばれる、正三角形を敷き詰めた際の各頂点の配置をとる)。繊細で緻密なアクチン線維の配置は、剛毛の頑丈でしなやかな構造を支えているわけだが、一体どのような仕組みで形成されるのだろうか。
理研CDBの大谷哲久テクニカルスタッフ(形態形成シグナル研究チーム、林茂生チームリーダー)らとライフサイエンス技術基盤研究センター(CLST) 超微形態研究チーム(米村重信チームリーダー)の共同研究チームは、ショウジョウバエの剛毛細胞において、タンパク質リン酸化酵素IKKεがアクチン線維の束化を促進することを同定。IKKεは、別のタンパク質リン酸化酵素であるプロテインキナーゼC(PKC)を抑制することで、アクチン束化タンパク質Fascinが不活化されるのを保護するという、「二重抑制」機構の全体像を明らかにした。本成果は科学誌Developmentの10月15日号に掲載された。
大谷らはこれまでに、IKKεが剛毛細胞の伸長先端部に常に留まり、伸長に必要な物資の細胞内輸送の司令塔として機能することを解明してきた(*科学ニュース2011.2.16、2015.7.2)。この中で、IKKε変異体は伸長端が正しく保持できず、剛毛が折れ曲がったり分岐したりすることを報告していた。しかし一方で、IKKε変異体は剛毛細胞の基部側の形態にも異常を来たすことを見出していた。そこで、IKKεの剛毛細胞基部側の構造形成における機能を探った。
剛毛細胞には伸長方向にアクチン線維の束が配向している。この配向はFascin、Forkedと呼ばれる2種類のアクチン結合タンパクが制御していることが知られている。そこでIKKε変異体を詳しく調べると、アクチン線維に沿って点在するはずの両タンパク質のうちFascinが失われ、束の中のアクチン線維の規則正しい配置が乱れていた。このことから、Fascinはアクチン線維同士をつなぎとめる役割を担い、IKKεがその働きを制御していると考えられた。では、IKKεはFascinの働きを直接制御しているのだろうか。
FascinはPKCによるリン酸化を受けると、アクチン束化活性が抑制されることが知られていた。そこで、種々の変異体を用いてIKKε、PKC、Fascinの3者の関係を解析。その結果、①Fascinは非リン酸化状態でアクチン線維束に局在すること、②Fascinの局在を阻害するリン酸化修飾はPKCによってなされること、そして③IKKεはPKCによるFascinのリン酸化を抑制する働きがあることを明らかにした。PKCは細胞膜と結合することで活発に機能することが知られるが、大谷らは培養細胞を用いて、IKKεがPKCの細胞膜への移行を阻害して細胞質中に留まらせることを確認。これらのことから、IKKεはPKCの活性を抑えることでFascinの活性化状態を維持し、結果としてアクチン線維束の形成を促進していることが明らかになった。
「PKC変異体の剛毛は、形態的に何ら異常を示しません。つまり正常な剛毛ではPKCの活性化は必要ない、ということになります。では、なぜ剛毛細胞はわざわざこの様な『二重抑制』の仕組みを採用したのでしょうか」と林チームリーダーは語る。「PKCは種々の細胞内シグナル伝達において中心的な機能を果たす一方、その活性制御の異常ががんや生活習慣病などの疾患を引き起こすことが知られています。IKKεのようにPKCの活性を抑制する『見張り役』がいることが、安全かつ確実に細胞を、ひいては個体を維持する秘訣なのではないかと我々は考えています。同様の役割を担う分子が他にも存在するかもしれません。」
掲載された論文 |
IKKϵ inhibits PKC to promote Fascin-dependent actin bundling |
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