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自分と他人を見分ける仕組みは、細胞にも備わっている。白血球の一種であるT細胞は、細胞膜上に発現する主要組織適合遺伝子複合体(major histocompatibility complex:MHC)、ヒトの場合はヒト白血球型抗原(Human Leukocyte Antigen:HLA)と呼ばれる分子を目印にして、自分以外の細胞を見分け排除するのだ。MHC/HLAは複数の遺伝子座にある遺伝子の組み合わせによって生じ、そのバリエーションは実に数万種類にも及ぶと言われる。このような仕組みは細菌やウイルス、がん細胞の排除など生体防御には不可欠だが、一方で臓器移植の際は大きな障壁となる。
理研CDBの杉田直副プロジェクトリーダー(網膜再生医療研究開発プロジェクト、髙橋政代プロジェクトリーダー)らはサルを用いた研究で、MHCホモ接合体ドナー由来のiPS細胞から誘導した網膜色素上皮細胞(RPE細胞)のシートをMHC型が一致する別の個体に移植し、免疫拒絶が起こらないことを示した。また、HLAホモ接合体ドナー由来のiPS細胞から誘導したRPE細胞をヒトT細胞と共培養し、ヒトの細胞でもHLA型を一致させれば免疫応答が起こらないことを証明した。これらの成果は2本の論文にまとめられ、科学誌Stem Cell Reportsにて9月15日付で2報同時公開された。
研究グループは2014年秋、患者由来のiPS細胞から作製したRPE細胞シートを患者自身に移植する手術を行った(*科学ニュース2014.9.15)。このような自家細胞の移植は免疫拒絶の心配がない半面、膨大な費用と、細胞培養のための長い時間がかかることが大きな課題だった。他家移植(他人の細胞由来のiPS細胞を作製・保存しておいたものを移植に用いる)はこれらの課題をクリアできると期待されているが、一方で免疫拒絶が懸念される。理論的には、MHC/HLAの型を一致させれば他家移植でも免疫応答を免れることができるはずだが、これまで実際に検証されたことはなかった。
そこで研究グループは実際の臨床研究を想定し、サルを用いたin vivo実験系の構築に挑んだ。比較的多くの個体に共通するMHC型をホモで有する個体(ホモ接合体)の細胞を元にiPS細胞を樹立し、そこからRPE細胞シートを作製して別のサルの網膜下に移植し、その後の反応を調べた。すると、MHC型が一致しない個体では移植片が生着せず、炎症細胞の浸潤や移植片周辺の肥厚、網膜はく離などの異常が見られた。一方、MHC型が一致する個体では免疫拒絶が起こらず、6カ月後も移植片が生着していた。
さらに、ヒト細胞を用いたin vitro実験系の構築にも取り組んだ。HLA型のホモ接合体ドナーの細胞を元にiPS細胞を樹立し、RPE細胞を誘導。これを、別の個体から採取した血液より単離した免疫細胞と共培養し、反応を調べた。その結果、HLA型が不一致の場合は炎症細胞の増加や、免疫応答初期に産生されるIFN-γの増加が確認されたが、少なくともHLA-A、HLA-B、HLA-DRB1の3つの遺伝子座を一致させればこれらの免疫応答は抑制されることが明らかになった。これまでの研究で、上記3座を一致させると臓器移植や造血幹細胞移植の成功率が高いことが知られていたが、iPS細胞由来RPE細胞の他家移植についても同様に有効であることが初めて実証された。
研究グループは、iPS細胞を用いた新たな臨床研究を今年6月からスタートした(*科学ニュース2016.6.7)。この新たな研究では、京都大学iPS細胞研究所が樹立を進めるiPS細胞ストックを利用した他家移植についても検討する計画だ。杉田副プロジェクトリーダーは、「小さな眼の組織のために免疫抑制剤を使用し、副作用等の問題により全身を危険に晒すのはリスクが高すぎる。今回の研究で、少なくともHLA 3座を一致させれば、免疫抑制剤を使用しなくても免疫拒絶は抑制できる可能性があることが分かりました」と話す。「今後臨床に使用する細胞も、今回のin vivo/in vitro実験系を用いて評価することができます。また、今回我々はRPE細胞について検証しましたが、他の組織・臓器を対象としたiPS細胞による再生医療を目指す研究者に参考にしてもらえるのではないでしょうか。」
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