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トポロジー(位相幾何学)の概念では、ボールとフォークとは同じもの、ドーナツとは異なるものと見なされる。前者は表面の伸縮で変形できる(同位相)が、後者(トーラス型)はそれが不可能なためだ。生物の体を構成する細胞も実に多様な形をとるが、なんと球形からトーラス型へと、位相の壁を越えて変形するツワモノもいる。ショウジョウバエの気管にある「先端細胞」と呼ばれる細胞だ。ショウジョウバエは体節ごとに生じた気管原基から管腔を持つ上皮組織ユニットを作り、その分岐を前後左右のユニットと連結して全身を巡る気管ネットワークを作る。先端細胞は文字通り、この分岐の先端に位置し、連結の際にトーラス型に変形して管腔を貫通させるのだ。それにしても、この奇抜な細胞の形態変換は一体どのような仕組みで起こるのだろうか。
理研CDBの加藤輝研究員、Bo Dong研究員(形態形成シグナル研究チーム、林茂生チームリーダー)らは、ショウジョウバエ気管原基の先端細胞がトポロジー変換を実現するメカニズムの詳細を明らかにし、微小管が重要な役割を果たすことを示した。この成果は、Nature Communications電子版に4月12日付で公開された。
球形からトーラス型へとトポロジーを変換するには、細胞の両端をぐっと押し込むように変形させ、細胞膜を融合させる必要がある。研究チームはライブイメージング技術を駆使し、対になった先端細胞の移動・接触・管腔貫通に至る一連の過程を詳細に観察した。移動時の先端細胞対では、移動の先端(糸状仮足)に放射状に分布する微小管が活発に伸長し、細胞質中には細胞接着分子Eカドヘリンが点在していた。細胞対が接触すると、Eカドヘリンは接触面に集積して新たな細胞接着面を形成。さらに、先端細胞対を横断するようにアクトミオシンと微小管がベルト状に配向した。ミオシン活性を阻害すると先端細胞は変形しないことから、アクトミオシンによる内在的な力が先端細胞を収縮させていることが判明した。
次に、微小管切断分子を導入して微小管を阻害すると、接着した先端細胞対の収縮のタイミングが乱れて綱引き状態に陥り、収縮に時間がかかったり、最終的に貫通に失敗したりする様子が観察された。このことから、微小管は何らかの仕組みで、先端細胞同士の収縮を同期させる働きがあると考えられる。また、微小管は細胞内輸送時の輸送路として機能することで知られる。研究チームはこれまでに、ショウジョウバエの気管形成において、キチン脱アセチル化酵素Serpentine(Serp)が小胞輸送によって運搬され、管腔内に分泌されることで管腔形成を促進することを明らかにしている(*科学ニュース2015.1.8、2013.2.1)。先端細胞においても、微小管を阻害するとSerpの輸送と分泌に異常を来たし、管腔貫通に至る直前で停止してしまうことが明らかになった。
「トーラス型への転換は極めて特異な例ですが、今回の成果から、こんなにも奇抜な細胞形態の変化も、細胞の中に通常含まれる構成物を非常に巧みに利用して実現していることが分かりました。こうした極端な例の研究からこそ、細胞の形態変化を司る普遍的な原理が見つかるのではないかと期待しています。」と林チームリーダーは語る。現在、特に関心を寄せているのは、2つの細胞の収縮を同調させる微小管の働きだ。「例えば微小管は細胞分裂の際、染色体を両極に引っぱる役割を担いますが、きちんと均等に染色体を分配するため、両極に引く力が等しい状況を感知していると考えられています。しかし、微小管がどのようにして’力’のバランスをとるのか、詳細は未だ不明です。微小管が張力や収縮力などの‘力’を感知し、細胞全体の’動き’に結びつけるメカニズムに迫りたい。」
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