CDBからのニュース、お知らせを掲載しています。
私たちの体には血管や気管に代表される管が全身に張り巡らされ、管腔内に絶えず血液やガスを循環させることで体内の恒常性を維持している。管腔内の液体や気体の循環は、管の形を内側からきちんと整えるためにも重要だ。しかし発生において、このような管腔構造は、始めから空洞の筒状で成形されるとは限らない。たとえばショウジョウバエの気管内腔には多糖のキチンやタンパク質から成る細胞外マトリクスが充填されていることが知られている。近年、これらの充填物質が管腔構造の形成に寄与することが明らかになってきたが、詳細なメカニズムについては未だ謎が多い。
理研CDBのBo Dong研究員(形態形成シグナル研究チーム、林茂生チームリーダー)らは、ショウジョウバエを用いた研究から、哺乳類の肝臓に相当する器官・脂肪体から分泌されたキチン脱アセチル化酵素Serpentine(Serp)が、気管の長さの制御に重要な働きをすることを明らかにした。本成果は、科学誌Development 電子版に2014年10月21日に掲載された。
ショウジョウバエの気管と、その周りを取り囲む脂肪体(緑: 脂肪体
マーカータンパクSvp)。気管の内腔にはSerpが分布している(マゼンダ)。
これまで、気管内腔を満たす細胞外マトリクスの性質の変化により、気管形成に異常をきたす変異体が多数同定されている。例えば、キチンの修飾酵素Serpの欠損や過剰発現、同じく細胞外マトリクスの構成成分である巨大タンパク質Dumpyの欠失は、気管の過剰伸長を招く。長く伸び過ぎた気管が、体内で渦を巻くように曲がりくねるのだ。Dongらはこれらの現象に着目し、これまでに、気管内腔の細胞外マトリクスの適度な粘性が気管の過剰伸長を抑えるブレーキとして機能すること(科学ニュース:2014.5.2)、また、管腔内に分布するSerpが逆行性小胞輸送によりリサイクルされることで適度な濃度を維持していることを明らかにしてきた(科学ニュース:2013.2.1)。
気管の過剰伸長を示す変異体を観察する中で、本来気管内腔に分布するべきSerpが顕著に減少し、脂肪体に異常蓄積することに気づいた。異常蓄積は、小胞輸送に関する遺伝子を欠損した変異体に共通して見られた。脂肪体は、脂質・糖・タンパク質の貯蔵を担う脊椎動物の肝臓に相当する器官で、幼虫期~さなぎ期にかけてSerpを産生している。そこで細胞の小胞輸送に着目して調べると、変異体の脂肪体に異常蓄積しているSerpは脂肪体内で産生されたものであり、脂肪体のエンドサイトーシス、エキソサイトーシスが共に低下したことで異常蓄積が生じていたことを突き止めた。
通常、Serpは脂肪体に蓄積することはない。そこで脂肪体で発現させたSerpのその後の局在を調べると、興味深いことに、脂肪体周辺の体腔だけではなく気管内腔にも分布することが分かった。気管の上皮組織は細胞同士がぴったりと接着することでバリアを形成しているため、このサイズの分子は細胞間隙をすり通り抜けることはできないはずだ。詳しく調べると、Serpは上皮細胞の基底側からエンドサイトーシスで取り込まれ、その後反対の内腔側にエキソサイトーシスで放出される、「トランスサイトーシス」によって上皮細胞層を横断していることが判明した。また、Serpは気管内腔でキチンと安定的に結合することが知られるが、キチン合成に異常をきたす変異体ではSerpが気管内腔に蓄積しないことから、キチンがSerpの気管内腔での保持に重要であることも明らかになった。
Serpは脂肪体のほか、気管でも産生されている。そこでRNAi法により様々な組織特異的にSerpの発現を抑制すると、たしかに脂肪体由来のSerpを抑制した際にも気管の過剰伸長が観察された。脂肪体で産生されたSerpは体液にのって移動し、気管上皮細胞を横断して気管内腔に放出されたのち、気管伸長のブレーキとして機能するのだ。
今回の研究で、脂肪体から分泌されたSerpが、遠く離れた気管の形態形成を制御する仕組みが明らかになった。「これまで、気管形成に気管上皮以外の組織が関与することは知られておらず、まさか脂肪体が気管の長さ制御に寄与しているとは驚きでした。しかし、このような体液を介した調節因子の長距離輸送システムは、気管形状の全身的な制御に非常に効率的な仕組みと言えます」と林チームリーダーは話す。「キチンは昆虫の体表を覆う外骨格の主成分でもありますが、脂肪体は、キチン修飾酵素であるSerpを気管および表皮にバランスよく供給する役割を担うのではないかと考えています。様々な組織・器官が同時的に組み上がってくる発生のプロセスを理解する上で、脂肪体のような組織の役割が重要な鍵なのかもしれません。」