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知覚、思考、記憶、言語などを担う大脳新皮質は哺乳類に特徴的な脳組織で、多様な細胞が精緻な6層構造を成している。私たちヒトを含む霊長類ではとりわけ大きく発達しており、特に表層側を占める上層ニューロンは数が多く、大脳半球内の連絡を担うことで脳の高次機能に直接関わっている。大脳新皮質のニューロンは脳室に面した神経前駆細胞から派生し、深層(DL)ニューロンから上層(UL)ニューロンへとまるでダイヤルを切り替えるように順々に産生される細胞が移り変わり、後から生まれた細胞がより表層側へ配置される。産生するニューロン種の切り替えが層構造形成の重要な鍵だが、その詳細な制御機構は未だ謎に包まれている。
理研CDBの當麻憲一研究員(大脳皮質発生研究チーム、花嶋かりなチームリーダー)らは、種々の遺伝子改変マウスを用いた研究から、ULニューロンの産生にはFoxg1をはじめとする遺伝子発現制御機構と、先に分化したDLニューロンからのフィードバックシグナルが重要であることを明らかにした。本成果は、科学誌The Journal of Neuroscienceに9月24日付で掲載された。
大脳新皮質の発生では、まず最表層のCajal-Retzius(CR)細胞が産生され、胎生11.5日目ごろからDLニューロンが、続いて14.5日目ごろからULニューロンが順番に生み出された後、各ニューロンの成熟を経て6層構造を形成する。研究チームは以前から転写因子Foxg1に注目して研究を展開し、大脳新皮質ニューロンの発生制御に中心的な役割を果たすことを示してきた。最近では、Foxg1の発現のON/OFFを人為的に切り替えられる遺伝子改変マウスを用いて、Foxg1がCR細胞からDLニューロンへの産生を転換するトリガーであることを明らかにしている(科学ニュース:2013.4.5)。しかし、ULニューロン産生の切り替えの制御については依然として不明だった。
そこで當麻らは、上記の遺伝子改変マウスを用いてULニューロンの発生を調べた。Foxg1は通常胎生8.5日目から徐々に発現し始めるが、9.5~14.5日目までの発現を人為的にOFFにするとCR細胞の産生期間が延長し、その後Foxg1の発現再開とほぼ同時にDLニューロンが産生され始める。この時、14.5日目とその1日後に生み出された細胞をそれぞれ標識し、18.5日目に観察すると、前者はほぼ全てがDLニューロンに、後者は主にULニューロンに分化していた。Foxg1の発現開始をさらに1日遅らせても同様の結果が得られたことから、ULニューロンは受精後の日数に関わらず、DLニューロンから1日程度遅れて産生が開始されることが分かった。
大脳新皮質の層構造の維持には、4つの転写因子Fezf2, Ctip2, Satb2, Tbr1の相互抑制機構が機能していることが知られる。分化した各種ニューロンに特異的に発現するそれぞれの因子が相互に発現を抑制し合うことで、異種のニューロンが混ざり合うことを防ぐのだ。しかし、発生過程において特定のニューロンを産生するには、この均衡状態を一旦解除する必要がある。當麻らは、この解除にFoxg1が必要なのではないかと考え、Foxg1誘導後の遺伝子発現を調べた。すると、4因子のうちTbr1のみが著しく発現減少していた。さらに、Foxg1の発現によってTbr1が継続的に抑制された細胞では、DLニューロンのマーカー遺伝子Fezf2, Ctip2の発現が上昇し、DLニューロンへと分化した。Foxg1は、Tbr1の発現抑制によりDLニューロンの細胞運命を決定していたのだ。
DLニューロンの産生開始後、前駆細胞はどのようにしてULニューロン産生への転換のタイミングを計るのだろうか。當麻らは、培養下では比較的高密度で細胞を維持しなければULニューロンが分化できないことに着目。周辺の細胞からのシグナルがULニューロンの分化開始を調節する可能性を探るべく、遺伝子操作で胎生11.5~13.5日に産生されたDLニューロンを特異的に除去したマウスを作製し、ULニューロンの分化の様子を調べた。すると、DLニューロンは除去した直後大幅に減少したにもかかわらず18.5日目には回復し、ULニューロンもまた正常より少ないものの一定量存在していた。詳しく調べると、DLニューロンの産生期間が延長し、それに伴いULニューロンの産生開始も遅延していた。このため、全体のニューロンの数は減少したものの、DL/ULの割合は一定に保たれていたのだ。これらのことから、分化したDLニューロンが前駆細胞に働きかけてDLニューロンの産生を終結させ、ULニューロンの産生を誘導することが明らかになった。
本成果から、大脳新皮質の神経前駆細胞は、遺伝子プログラムによる内在性の制御機構と周囲の細胞環境から伝わる外因性のシグナルを統合し、DLニューロンからULニューロンへと産生細胞種の適切な切り替えを実現していることが分かった。「今回明らかになったメカニズムは、ヒトやマウスなど極端にサイズが異なる大脳皮質をつくるにあたっても、正しい順序で必要な種類のニューロンを産生しつつ、相対的な数のバランスを保つことができる極めて有用な仕組みと言えます。分化したDLニューロンは、遊走された後も突起を伸ばし、前駆細胞との結合を維持していることが分かっており、今後はこの『DLニューロンからのシグナル』の分子実態を明らかにし、効率的なULニューロン産生を可能にする機構の全容解明につなげたい」と花嶋チームリーダーは語る。私たち人間を特徴づけるこの大きくて複雑な脳がどのようにつくられ、また進化してきたのか、興味は尽きない。
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