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呼吸器の上皮組織は、気管から気管支へと進むにつれて構成する細胞の分布パターンを変える。例えば、吸気が直接流れ込む太い気道には異物を排出するための繊毛細胞が多く分布するが、肺胞近くの終末気管支では気道表面を維持するための分泌物(サーファクタント)を生産するクラブ細胞の割合が増す。神経内分泌細胞(NE細胞)は気管の枝の分岐点に複数個集まって塊を作るというユニークな分布パターンを示すことが様々な動物種で観察されている。しかし発生過程でNE細胞がこのような分布パターンを作るメカニズムは、これまで調べられていなかった。
理研CDBの野口雅史研究員(呼吸器形成研究チーム、森本充チームリーダー)らはマウスを用いて、一つの肺葉全体の上皮細胞の配置を一細胞レベルの精細さで三次元、および四次元的に撮影する手法を開発し、NE細胞が自ら分岐点へ移動してクラスターを形成することを明らかにした。さらに、分化するNE細胞の数を一定に制限するために細胞間シグナルであるNotchシグナルがNE細胞の分化を抑えていることを示した。この成果は、科学誌Cell Reportsに12月17日付で掲載された。
NE細胞は吸気の酸素濃度を感知する細胞として研究が進められてきた。また悪性度の高い小細胞肺がんと関係が深いことでも知られ、NE細胞が小細胞肺がんの起源になる。その独特な分布パターンについては、1970年代にウサギやラットを用いた研究で、分岐する気管の股の部分にクラスターを作るという観察結果が報告されている。しかし複雑な3次元構造である気管支の内部に分布する細胞を包括的に、そして時系列的に捉えることは技術的に難しかった。
そこで野口らは、発生過程の肺の気管支の三次元的な分岐構造をまるごとイメージングし、NE細胞の配置を定量的にデータ化する手法の確立に挑んだ。肺の全ての上皮細胞の核と、NE細胞がそれぞれ蛍光で光る遺伝子改変マウスを作成し、その胎児から摘出した肺葉を透明化試薬で処理し、二光子顕微鏡を使って組織の深部まで高精細に撮影した。得られた画像をコンピューター上で三次元的に再構築することで、気管支全体におけるNE細胞クラスターの大きさと空間配置を定量的に解析することに成功した。さらに、得られた画像を元に分岐構造とNE細胞クラスターの位置関係を幾何学的に解析し、NE細胞クラスターが分岐の股のほぼ決まった位置に安定的に分布することを証明した。
研究チームらの過去の研究から、NE細胞クラスターの形成にはNotch-Hes1シグナルが関与することが示唆されていた。そこでHes1欠損マウスを用いて、NE細胞が出現する際の分化制御機構を探った。NE細胞が現れ始める胎生13.5日ごろ、野生型では分岐点に限らず気道全体にNE細胞がゴマ塩のようにまばらに点在するのに対し、Hes1欠損型では明らかに数が増え、隣り合う細胞が共にNE細胞に分化していた。さらに発生が進んだ胎生16.5日には、分岐点に局在するNE細胞クラスターのサイズが顕著に増大していた。これらのことから、Notchシグナルが隣り合う細胞のNE細胞への分化を抑制してNE細胞の数を調整し、結果としてNE細胞クラスターを適切な大きさに保っていることが分かった。
では、分化したNE細胞はどのようにしてクラスターを作るのか。野口らは胎児組織の培養技術を応用し、肺葉を培養しながら経時的に撮影する4Dイメージングを実現。肺葉内のNE細胞の挙動を最大15時間連続で撮影することに成功した。撮影した動画は、驚くべきことに、NE細胞が自ら移動する様子を捉えていた。背を低くしたNE細胞が、他の上皮細胞の足元をすり抜けて這うようにして末梢側の最も近い分岐点に向かってほぼ直線的に移動し、集合してクラスターを形成していたのだ。上皮細胞は形態形成の過程で配置換えをしながら移動することが知られるが、ここまで明確に目的へ向かって遊走する上皮細胞の例は珍しい。
「NE細胞は一目散に分岐点を目指しますが、では、その移動は何によって制御されているのか。それが次の課題です。NE細胞が移動してクラスターになるには3つの因子が必要だと思っています。気管支の遠位に向かってNE細胞を誘引する因子、気管支分岐点で細胞を捉える分子、そしてNE細胞同士を強く結びつける細胞接着因子です。NE細胞の移動を制御する分子機構の解明は、小細胞肺がんの転移メカニズムの理解につながる可能性があります」と森本チームリーダーは話す。さらに、今回開発した3D・4Dイメージング技術は、複雑な立体構造をもつ組織内の個々の細胞の配置・挙動を高精細に観察することを可能にした。時々刻々と構造を変化させる胎児期の組織形成機構の解明にとどまらず、組織構造と部位特異的な疾患との関連を調べる上でも強力なツールとなり得ると期待される。
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