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臓器が機能不全に陥った場合の根本的な治療法として移植医療が行われている。ドナー臓器は移植までの間低温保存されるのが一般的だが、機能的に保存できるのは数時間〜数十時間と短い。また、ドナー臓器は慢性的に不足しているため、心停止ドナーからの臓器の利用拡大が期待されており、特に長時間の阻血状態で移植不適応となったドナー臓器を蘇生する技術の開発が求められている。また、将来、ES細胞やiPS細胞から血管を伴うような大きな組織や臓器を試験管内で形成する技術も必要になると考えられる。
理研CDBの石川潤リサーチアソシエイト(器官誘導研究チーム、辻孝チームリーダー)らは、ラットをモデルにした研究で、摘出した肝臓を生体外において長時間機能的に維持できる灌流培養システムを開発した。この灌流培養系を用いることにより、一度阻血状態に陥った肝臓を蘇生することにも成功した。この研究は東京理科大学、慶応義塾大学、株式会社オーガンテクノロジーズとの共同で行われ、Scientific Reports誌に4月22日付けでオンライン先行発表された。
灌流培養システム:写真右側がラット肝臓を設置したチャンバー(培養容器)。
彼らはまず、血液循環を生体内に近い形で再現する培養システムを構築した。このシステムでは、ラットから摘出した肝臓を培養液で満たされたチャンバー内に吊るし、門脈と大静脈に接続したチューブによって培養液を肝臓内に灌流させる。様々な培養条件を検討した結果、灌流培養液に酸素運搬体としてヒト赤血球を添加し、22℃で培養することによって、48時間に渡って肝障害を抑制しつつ肝機能を維持できることがわかった。この条件において培養した肝臓は、正常な組織構造を維持しており、肝障害を示すアラニンアミノトランスフェラーゼ(ALT)の上昇がほとんど認められなかった。また、肝機能の指標である尿素や胆汁、アルブミンの合成も確認された。さらに、肝臓の培養細胞を用いて培養温度を検証したところ、4℃、10℃、22℃の温度域ではいずれも増殖が停止したものの、48時間後に37℃に復温すると、4℃、10℃で培養していた細胞は死滅し、一方、22℃で培養していた細胞は速やかに増殖が再開した。このことから、22℃の温度域は、細胞の代謝経路を維持したまま、あたかも休眠しているような状態になっていることが示唆された。
次に、24時間体外培養した肝臓をラットに移植する実験を行った。肝臓の同所的な移植は侵襲性が高いため、腎臓の位置に異所的に移植した。その結果、灌流培養時に赤血球を添加しなかった場合と一般的な保存液で低温保存した場合は、移植後速やかにラットの生存率が低下したのに対し、灌流培養時に赤血球を添加した場合は、移植7日目に100%の生存率が確認された。このことから、赤血球を添加することによって肝臓の保存状態が改善されたことが明らかになった。さらに、移植7日目にレシピエント肝臓を70%部分切除したところ、赤血球を添加しなかった場合と低温保存した場合はさらに生存率が低下したのに対し、赤血球を添加した場合は移植14日目でも100%の生存率が確認され、移植肝臓の重量も増大していた。また、この移植肝臓はアルブミン合成能や糖代謝酵素を正常に維持していた。これらの結果から、赤血球を添加して灌流培養した肝臓は、肝再生能を維持した機能的な肝臓であることが示された。
彼らは肝臓を蘇生する実験も試みた。心停止により臓器は阻血状態となり、ATPが枯渇するため、重度の肝障害が起きると考えられている。そこで、90分間の心停止により温阻血したラット肝臓を摘出し、赤血球を添加した条件で100分間の灌流培養を行った。すると、肝臓内のATP量は温阻血後に著しく低下するものの、灌流培養によって顕著に回復することが明らかとなった。この肝臓を先の実験と同様にラットに移植したところ、移植14日目に100%の生存率を示し、レシピエント肝臓の部分切除後には移植肝臓の重量増加もみられた。これらの結果は、赤血球を添加した22℃の灌流培養により、温阻血肝臓でも蘇生できることを示していた。
肝臓のATP量は温阻血後に低下するが、灌流培養によって回復した。
今回の研究によって、肝臓の生体外保存における最適な条件が示され、また、22℃で肝臓細胞のエネルギー代謝経路が維持されていることが示された意義は大きい。臓器を長時間培養できるシステムは、将来的な移植医療への応用だけでなく、生体外で臓器の発生や機能を調べる基礎研究への応用も期待される。辻チームリーダーは、「今回の研究で、臓器の保存時間の延長や、温阻血障害を受けた肝臓の蘇生が可能であることが示されました。今後は、よりヒトに近いブタ肝臓をモデルに技術開発を行い、将来の臨床応用を目指した研究を進めたいと思います」と語った。
掲載された論文 | Hypothermic temperature effects on organ survival and restoration |
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