ニュース一覧

ニュースNews

CDBからのニュース、お知らせを掲載しています。

神経軸索が束になって集団で伸びる仕組み

2014年11月14日
PDF Download

神経細胞から伸びる1本の軸索は、他の神経細胞から広がる樹状突起と結びついて、さながら大樹の根のような複雑なネットワークを作り上げる。中には自身の細胞体の何百倍もの長さになり、目的の場所へ到達するものもある。脳の中央奥深くに位置する扁桃体の神経細胞の軸索もまた、海馬に沿ってぐるりと回り込むようにして視床下部まで長い旅をする。このとき、数百から数千の軸索が束になって集団で伸長すること知られるが、これらの軸索がどのようにして相互にコミュニケーションし、協調的な伸長運動を実現しているのかは大きな謎に包まれていた。

理研CDBの林周一研究員(高次構造形成研究グループ、竹市雅俊グループディレクター)らは、マウス脳の発生過程において、カドヘリンの一種であるプロトカドヘリン17(Pcdh17)が扁桃体神経細胞の軸索の集団伸長に寄与する仕組みを明らかにした。本成果は、米国の科学誌Developmental Cell 9月29日号への掲載に先立ち、9月4日付でオンライン公開された。

  1. 扁桃体の軸索伸長のライブイメージング動画。正常体では他の軸索とぶつかると、
    それに沿って伸長するのに対し、Pcdh17欠損体では他の軸索にぶつかると伸長が停止する。
    (緑:Pcdh17を発現する種の神経細胞、赤:その他の神経細胞)

プロトカドヘリンは、細胞接着分子として知られるカドヘリンスーパーファミリーの一種で、クラスター型と非クラスター型に大別される。これまでの研究から、前者は一つの神経細胞の樹状突起同士が結合してしまわないようにする自己忌避に、後者は様々な脳神経回路の形成における軸索の伸長に重要な働きをしていることが示唆されてきたが、詳細な機能は不明だった。今回、林らは非クラスター型に属するPcdh17に注目し、その発現を解析したところ、扁桃体の一部の神経細胞に特異的に発現することを確認。扁桃体の神経細胞は特定の種類の軸索同士が集まって束を作り、集団で伸長する特徴がある。詳しく調べると、Pcdh17はある種の神経細胞の軸索の束において、軸索同士の接触面に集積していることが分かった。そこで、Pcdh17の扁桃体神経細胞の軸索の集団伸長における機能を探った。

Pcdh17遺伝子を欠損させたマウスを作製し解析すると、軸索伸長に異常をきたすことが分かった。扁桃体から視床下部へと伸びる軸索の束が欠損体では細く、ひどいものでは途中で消失していた。詳しく調べると、この軸索の伸長異常は神経細胞の数の減少によるものではなく、軸索先端部の運動中枢である成長円錐の接触による運動性の低下によるものだとわかった。実際に、Pcdh17を発現する種の神経細胞とそうでない神経細胞をそれぞれ異なる色の蛍光タンパクで標識し、扁桃体を組織培養して軸索の伸長運動を経時的に観察すると、正常体では他の細胞の軸索にぶつかるとそれに沿って伸長するのに対し、Pcdh17欠損細胞では、他の細胞にぶつかると伸長が停止してしまうことが明らかになった。

Pcdh17の細胞外ドメインが、他のカドヘリンと同様に同種の軸索を結びつける役割を担うことは容易に想像できる。では、軸索伸長運動は一体どのような仕組みで制御されているのだろうか。林らは次に、Pcdh17の細胞内ドメインに結合する分子をプルダウン法を用いて調べ、Nap1、WAVE1、Abi1などを特定した。これらはすべて、アクチンの重合に働くWAVE複合体の構成因子だ。詳しく調べると、Pcdh17はWAVE複合体に加えて、WAVE複合体と協働して細胞運動に寄与する下流因子群も成長円錐と他の軸索との接触面に動員することが判明した。さらに、成長円錐と同様だが観察が容易な培養細胞の葉状仮足(細胞が移動する際の先端部)を用いて、細胞の運動性を詳細に解析する実験系を構築。解析の結果、Pcdh17が細胞同士の接触面に集積し、WAVE複合体とその下流因子を動員することで、接触面の細胞運動が大幅に亢進することが証明された。

Pcdh17は同種の軸索同士を結び付けるだけでなく、細胞運動を促進する因子を呼び寄せることで、効率のよい軸索伸長を実現していた。竹市グループディレクターは「クラシックカドヘリンが細胞同士を結び付けてがっしりと固定するのに対し、プロトカドヘリンは運動性を亢進させます。協調して働く分子の違いによって、その役割が大きく異なるのです」と語る。「神経軸索は1本でも伸びますが、束になることで互いの運動性を高め、より効率よく伸長できると考えられます。最近の研究から、プロトカドヘリンの異常が自閉症や統合失調症を引き起こすことも分かってきました。扁桃体は情動や記憶といった脳の高次構造を司る組織ですから、今後の研究の展開が非常に興味深いです。」

掲載された論文 Protocadherin-17 Mediates Collective Axon Extension by Recruiting Actin Regulator Complexes to Interaxonal Contacts
[ Contact ] sciencenews[at]cdb.riken.jp
[at]を@に変えてメールしてください。
PAGE TOP