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眼科疾患の一つに、光を感知する視細胞が変性してしまう網膜色素変性がある。症状としては夜盲や視野狭窄の進行がみられ、社会的失明に至る場合もある。これまで、遺伝子治療や人工網膜などの臨床研究がなされているが、まだ治療法として確立していない。再生医療の分野では、ES細胞やiPS細胞から誘導した視細胞をばらばらの状態(浮遊液)で移植する研究が行われているが、適切な発生段階の視細胞を実用的に確保するのは容易でない。また、移植した視細胞が機能するためには、複雑な網膜組織の中で他の神経細胞と正しくシナプスを形成する必要があるなど、大きな課題があった。2011年、理研CDBの永樂元次副ユニットリーダー(立体組織形成・解析ユニット)と笹井芳樹グループディレクター(器官発生研究グループ)らが、ES細胞から視細胞だけでなく、網膜全体の元となる立体的な眼杯を誘導することに成功し、組織レベルの移植に可能性を開いた。
今回、理研CDBの万代道子副プロジェクトリーダーとJuthaporn Assawachananont国際プログラムアソシエイト(網膜再生医療研究開発プロジェクト、高橋政代プロジェクトリーダー)らは、ES細胞やiPS細胞から作製した網膜シートをマウスの眼球に移植し、移植片が長期間に渡って機能的に生着・成熟することを示唆する結果を得た。この研究成果は、Stem Cell Reports 誌に4月24日付けで報告されている。
彼女らはまず、マウスES細胞やiPS細胞からより大量の網膜組織を得るために、永樂らが開発した分化誘導法の改良を試みた。その結果、レチノイン酸受容体の阻害剤や細胞外マトリックス成分を培地に添加することで、より高効率に神経網膜前駆細胞を誘導することに成功した。この方法で誘導した眼杯を調べると、分化培養24日目には視細胞やアマクリン細胞、水平細胞、グリア細胞など、網膜に特徴的な一連の細胞が分化していた。これらの細胞の分化パターンはマウスの網膜発生と良く対応しており、培養20日目までが胚発生中の網膜に、21日目が出生直後の網膜にほぼ相当することも示された。
次に、ES細胞やiPS細胞から作製した網膜シートを、網膜色素変性の疾患モデルマウスに移植する実験を行った。網膜シートは分化培養11~24日目の網膜組織から作製し、桿体細胞(視細胞の一種)がほぼ失われた生後6週以降のマウスの網膜下に移植した。移植後6カ月に渡って経過観察すると、いずれの場合も生着し、さらに網膜組織として成熟が進んでいる様子が観察された。また、培養11~17日目の網膜シートを移植した場合は、その9割近くが外顆粒層(視細胞の細胞体からなる層)を含む網膜構造に成熟するのに対し、培養18日目以降の網膜シートを移植した場合は、約8割が正しい網膜構造を維持できないことが明らかになった。
さらに詳しく調べると、外顆粒層を形成した移植片の視細胞では、成熟した視細胞に特徴的な外節と内節の形成も見られた。外節では円盤状の層状構造や隣接する網膜色素上皮細胞との接触が見られ、内節ではリカバリンやミトコンドリアの局在が観察された。視細胞は通常、細胞体を挟んで内節、外節の反対側に軸索を延ばし、双極細胞とシナプスを形成している。そこで、移植片の視細胞を調べたところ、マウス側の双極細胞とシナプを形成していることが免疫組織学的に確認された。移植片には様々な生着パターンが見られたが、培養17日目までの若い移植片を移植した場合は、より正常に近い層構造を維持して生着することがわかった。
今回の研究では視機能の改善までは示していないが、ES細胞やiPS細胞に由来する網膜シートが、移植先の眼球で機能的に生着し得ることを強く示唆している。また、成熟段階の浅い網膜シートを移植した方が、移植後により完全な網膜を形成することも明らかにした。万代道子副プロジェクトリーダーは今回の成果について、「今回始めてESやiPS細胞から分化した網膜組織が実用的に移植に用いることが出来る質のものであること、また、網膜変性の進行例でも機能し得る形で生着することを示しました。実際の機能については今後さらに検証を進めますが、まだマウスでの動物実験であり、今後ヒトへの臨床応用の可能性も視野に、ヒト組織でも研究を進めていきます」と語った。
掲載された論文 | Transplantation of Embryonic and Induced Pluripotent Stem Cell-Derived 3D Retinal Sheets into Retinal Degenerative Mice |
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