今ここに10万個の細胞がある。しかし顕微鏡で覗くと、どうやら何種類もの細胞が混ざっているようだ。それぞれの細胞の性質を調べるには種類ごとに分ける必要があるが、どうすれば良いだろうか。まさか顕微鏡を見ながら一つ一つ拾うわけにはいかないし、形態だけでは見分けがつかない物もありそうだ。
そこで威力を発揮するのがセルソーター(FACS;Fluorescence Activated Cell Sorter)だ。この装置は、細胞の大きさや表面構造、内部構造などを一瞬にして解析し、特定の細胞を生きたまま高速に分離・回収、つまりソーティングする装置だ。その基本原理を図に示した。まずは細胞溶液を直径約0.07ミリメートルという非常に細い管に流すことで、細胞を1つ1つに分離する。そこにレーザー光を照射し、その光の散乱などを解析することで細胞の特徴を見分ける。目的の細胞が検出されると、その細胞を含む液滴にプラスまたはマイナスの電荷が瞬時に与えられる。電荷を帯びた液滴は電圧のかけられた偏向板によって方向を変え、それぞれ試験管へと収められて行く。細胞内や膜表面の特定のタンパク質をあらかじめ蛍光物質で標識しておけば、そのタンパク質の有無、つまりある遺伝子の発現の有無をマーカーにして細胞を回収することすらできる。米ベクトン・ディッキンソン社が近年開発した「FACS Aria」と呼ばれるセルソーターでは、散乱光や複数の蛍光など最大15種ものパラメーターを同時に解析できる。さらに、1秒当たり3万個もの細胞を解析、98%の純度で目的の細胞を分取できるという。この驚異的な数値は、目的の細胞を短時間で高純度に得ることを可能にし、基礎研究から医療現場にまで大きな影響を与えている。
セルソーターの原型となる技術は、原爆の開発で知られる米ロスアラモス研究所で微粒子を分ける物理分野の装置として開発された。それを偶然眼にしたスタンフォード大の細胞生物学者ヘルツェンバーグが、細胞の分離に応用できるのではないかと考え、1960年代終わりに世界初のセルソーター(FACS)が誕生した。その後、物理学、電気化学、コンピュータ科学、生物学など様々な分野の融合により爆発的に開発が進み現在のセルソーターに至っている。学際研究が生み出したブレークスルーの一つの象徴と言えるだろう。
セルソーターの利用は医療分野にも広がる。既に、セルソーターで純化した造血幹細胞を白血病患者に移植する試みなどが行われている。再生医療分野では、ES細胞から望みの細胞を試験管内で誘導し、それを移植医療や薬剤テストなどに利用しようという計画が進む。この場合も、いかに細胞を純化できるかが鍵となる。目的以外の細胞が混合した場合、それを患者に移植するわけにはいかないし、薬剤テストの精度も下がってしまうからだ。高効率に目的の細胞を誘導する手法を開発すると同時に、セルソーターによって、よりピュアな細胞集団を得るための技術開発が必要だ。