独立行政法人理化学研究所 発生・再生科学総合研究センター

2013年12月16日


自己組織化する大脳新皮質
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大脳新皮質は合理的・分析的な思考や言語機能を司る哺乳類に特徴的な構造で、ヒトではその面積が中脳や間脳を覆うほどに大きく進化している。大脳新皮質の発生機構については、マウスなどを用いて活発な研究が行われているが、ヒトでは発生中の脳を研究するのが困難であることから、いまだ十分な知見が得られていない。

理研CDBの門嶋大輔研修生(器官発生研究グループ、笹井芳樹グループディレクター)らは、ヒトES細胞から妊娠第2三半期に相当する大脳新皮質を試験管内で誘導することに初めて成功し、ヒトES細胞が自己組織化によってある程度成熟した大脳新皮質を形成できることを明らかにした。この研究成果は、アメリカの科学誌PNAS の12月10日号に発表され、その表紙を飾った。なお、門嶋研修生は京都大学医学研究科の大学院生で、連携大学院制度により理研CDBで研究を行っている。


左:ヒトES細胞由来の神経上皮(培養35日目)の背尾側が巻き込み運動を起こす様子。
右(ムービー):培養24〜25日目には管腔側の神経前駆細胞で核のエレベーター運動が見られた。


同グループは以前の研究で、SFEBq法と呼ばれる三次元浮遊培養法を開発し、ヒトES細胞から4層構造をもった大脳皮質(ヒトの妊娠第1三半期の大脳皮質に相当)を試験管内で誘導することに成功していた(科学ニュース2008年11月6日)。今回彼らは、培養時の培地の組成や添加する栄養因子を検討し、より高効率な大脳皮質の誘導と長期間の培養を可能にした改良型SFEBq法を開発した。

この改良型SFEBq法でヒトES細胞を培養したところ、培養開始26日目にはほぼ全てのES細胞塊が大脳皮質の前駆組織である終脳のマーカー遺伝子を発現し、34日目には75%以上の細胞が神経上皮に分化した。さらに培養を続け、ライブイメージングとマーカー遺伝子の発現解析を組み合わせて行ったところ、神経上皮が自発的に背尾側−腹頭側の極性を獲得することがわかった。さらに、背尾側の神経上皮がせり上がって巻き込み運動を起こし、内側に管腔をもった半球状の構造が形成される様子が観察された。これらはいずれも生体内の大脳皮質の発生を非常に良く再現していた。

以前のSFEBq法では45日程度の培養が可能だったが、今回の方法ではそれを大幅に上回る長期培養が可能になり、ヒトES細胞由来の大脳皮質がさらに成熟する様子が観察された。培養70日目までには、神経上皮が200μm以上の厚さに成長し、胎児の大脳新皮質に特徴的な6つの層からなる構造を正しい順序で形成していた。さらに、培養91日目には厚さ350μm程度にまで成長し、各層の形態から、これが妊娠第2三半期の大脳新皮質に相当することが明らかになった。また、細胞を経時的に標識して培養を継続したところ、皮質板にあたる層では、後から生まれた神経細胞が先に生まれた神経細胞を追い越してより外側に配置する現象「inside-out pattern」が観察された。これも胎児における実際の皮質形成をよく模倣していた。また、大変興味深いことに、培養91日目の脳室下帯に相当する層の外側では、ヒト胎児脳で豊富に見られる神経幹細胞oRG(outer radial glia)と同様の細胞が見られ、ヒト特有の皮質構造を形成していることが示された。

今回の研究では、改良したSFEBq法により、ヒトES細胞からより成熟した大脳新皮質を試験管内で誘導することに成功した。このことは、ヒトES細胞が周辺組織からの働きかけ無しに、内在的なプログラムによって大脳新皮質を自己組織化できることを示している。また、ES細胞を用いることで、ヒト大脳新皮質の発生過程を詳細に解析できる実験系を確立した点も重要だ。笹井グループディレクターは、「この実験系を用いて、神経上皮がどのようにして自発的に極性を獲得するのか、また、どのようにして神経上皮が湾曲し、巻き込み運動を生じるのかといった問題を明らかにしていきたい」と語った。


掲載された論文

http://www.pnas.org/content/110/50/20284.long

 
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