三叉神経は、眼神経・上顎神経・下顎神経と、文字通り三つ又に分岐する。顔面や上下の顎(あご)を支配する神経で、顔面や顎・歯の感覚を司ったり、口の筋肉を動かしたりするのに必須だ。ヒトの三叉神経は発生過程で、咽元のあたりに形成される咽頭弓のやや上に原基が生じ、眼神経は眼組織周辺へ、上顎神経は上顎突起へ、下顎神経は下顎突起へと分岐・伸張していく。顎は魚類から哺乳類まで多くの脊椎動物に共通する構造物だが、これを制御する神経支配はどのようにして獲得され、進化してきたのだろうか。
理研CDBの東山大毅研修生と倉谷滋グループディレクター(共に形態進化研究グループ)は、軟骨魚類から哺乳類にいたる顎口類の多くにおいて、上顎の一部を構成する顎前領域が上顎神経から分岐した鼻口蓋神経により支配されていることを明らかにした。さらに、ヤモリ・ニワトリを含む双弓類では例外的に鼻口蓋神経にあたる神経が存在せず、進化の過程で鼻口蓋神経が二次的に失われ、顔面神経の枝により支配されるようになったものである可能性を示した。この成果は、科学誌Journal of Morphology 電子版に10月22日付けで先行公開された。なお、東山研修生は神戸大学理学研究科に所属し、連携大学院制度を利用して理研CDBで研究を行っている。
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発生過程における顎の構造と神経支配。顎骨弓間葉(のちの上下顎突起)は上下顎神経(v23)により制御される。軟骨魚類を含む顎口類では顎前領域に鼻口蓋神経(mpl)またはそれに相当する神経が分布するが、ヤモリ・ニワトリでは見られないことから、双弓類では進化の過程で二次的に鼻口蓋神経にあたる神経が消失したと考えられる。 |
上顎神経は発生期に上顎突起に分布し、のちに上顎全体を支配すると教科書的には信じられてきた。しかし近年、発生学的には、哺乳類の上顎が上顎突起だけでなく、上顎突起と顎前領域との融合により形成されることが明らかになり、神経の形態と顎の発生パターンに見かけ上不一致があることが分かってきた。顎前領域は上唇や口蓋の前方、前歯の元となる部位で、左右から挟み込むように伸張する上顎突起と融合して上顎をつくる。しかし、上顎神経が分布しない顎前領域との複合体であるにも関わらず、上顎の機能は全般的に上顎神経支配下にあるように見えるのだ。
そこで東山らは、マウス胚を用いて顎前領域の神経分布を調べた。胎生10.5日頃に現れる上顎突起には、確かに上顎神経が分岐し伸展していく。しかし11.5日頃、発達した上顎神経の太い束の奥(正中側)には、上顎神経から分岐した神経枝が観察された。これはヒトでは「鼻口蓋神経」として知られる神経と同じもので、鼻中隔(左右の鼻腔の間の壁)の脇を通り、前歯や口蓋の前方に分布する。哺乳類の顎前領域は、上顎神経から分岐したこの鼻口蓋神経によって支配されているのだ。では、鼻口蓋神経による顎前領域支配は哺乳類以外の生物にも保存されているのだろうか。哺乳類と同じ羊膜類に属し、比較的近縁である双弓類(主に鳥類・爬虫類)のニワトリとヤモリを用いて同様の解析を行うと、興味深いことに双弓類では鼻口蓋神経にあたる神経が生じず、代わりに後方の顔面神経が顎前領域まで枝を伸ばしていることが明らかになった。
哺乳類と双弓類が異なる形質を示すのならば、一体どちらがより原始的な形質を示しているのだろうか。そこで次に、羊膜類の外群である条鰭類(硬骨魚類)のチョウザメと軟骨魚類のトラザメを用いて解析を行った。チョウザメ、トラザメはいずれも顎前領域が上顎突起と融合せず、鼻先に上顎と独立した吻(ふん)の構造物をつくるため、今回の解析には好都合だ。これらを調べると、上顎神経が2つに分岐し、大きな顎前領域と上顎突起の両方へ枝を伸ばしていることが判明した。このことから、顎前領域が鼻口蓋神経に相当する神経によって支配されるというパターンが現生の顎口類全体に共通した(原始的な)形質であり、双弓類ではこれが進化の過程で二次的に失われたものと考えられる。さらに東山らは、顎を持たない円口類のヤツメウナギについても言及し、吸盤状の口の前方部が顎前領域を由来とすることから、そこに分布する神経が鼻口蓋神経に相当し、むしろ上顎神経は顎の成立に伴って後から成立したものである可能性を示唆している。
本研究は、神経の分布様式に着目して様々な生物の発生過程を比較することで、顎の進化過程について新たな知見をもたらした。「脊椎動物の形態進化研究では骨のような硬組織に目が行きがちですが、やわらかく実体がつかみにくいと思われる内臓(消化管)も重要で、むしろ体の大きな部分を占めています。三叉神経と同じように、内臓系を支配する大きな神経として迷走神経があります。発生過程における迷走神経の支配パターンと筋の発生にはまだ謎が多く残っており、これを観察し、理解することで脊椎動物の体づくりの仕組みが見えてくると考えます。胚の発生過程における体づくりの仕組みを辿ることで、進化の道筋を探っていきたい」と倉谷グループディレクターは語った。
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