哺乳類の胚発生では、胚盤胞の形成に伴って最初の明確な細胞分化が起こる。この時期になると、胚の内側に内部細胞塊が、外側に栄養外胚葉が形成される。内部細胞塊(培養したものはES細胞と呼ぶ)はやがて一個体を形成する細胞集団で、自己複製能と分化多能性を兼ね備えた多能性幹細胞である。一方、初期の栄養外胚葉は栄養芽幹細胞(TS細胞)で構成され、将来は胎盤の一部をつくる。転写因子の一つSox2は、ES細胞やTS細胞、さらには神経幹細胞などで幹細胞性の維持に機能していることが知られる。しかし、異なる細胞種においてSox2がどのように幹細胞性を維持しているのか、その仕組みは良く分かっていない。
理研CDBの足立健次郎研究員(多能性幹細胞研究プロジェクト、丹羽仁史プロジェクトリーダー)らは、Sox2がES細胞とTS細胞では異なるシグナル経路に制御され、また、異なる遺伝子セットを活性化して幹細胞性の維持に寄与していることを明らかにした。この研究成果はMolecular Cell 誌の11月号に掲載される。
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今回の結果から予想される幹細胞性維持のネットワーク。Sox2はES細胞(ESC)ではLIFに制御され、TS細胞(TSC)ではFGF4に制御されている。Sox2の結合パートナーがOct3/4からTfap2cに変わると転写活性化される遺伝子セットも変わり、その結果、ES細胞からTS細胞が誘導される。Oct3/4とTfap2cは相互抑制的であることが予想される。 |
彼らは以前の研究で、ES細胞で多能性の維持に必須の遺伝子Oct3/4を欠損させると、ES細胞がTS細胞へと変化することを示していた。また、TS細胞の幹細胞性の維持にはFGF4が必須であることが知られていた。今回、ES細胞からTS細胞に変化する際の遺伝子発現の変化を追ったところ、TS細胞ではFGF4がSox2とEsrrbを活性化していることがわかった。これら2つの遺伝子を強制発現するとTS細胞の幹細胞性は維持され、FGF4の機能を代替できることも見いだした。ES細胞ではLIFの下流でSox2が活性化されることから(科学ニュース2009.7.8)、ES細胞とTS細胞ではSox2 が異なるシグナル経路によって制御されていることが明らかになった。
次に、TS細胞においてSox2を欠損させる実験を行った。すると、EsrrbなどのTS細胞マーカーの発現が減少し、より分化の進んだ栄養外胚葉細胞のマーカーが上昇した。また、実際にTS細胞の自己複製能も徐々に低下することがわかった。さらに、網羅的な遺伝子発現解析を行ったところ、ES細胞とTS細胞では、Sox2のターゲット遺伝子が大きく異なることが示された。Sox2はES細胞とTS細胞で、異なる遺伝子セットを介して幹細胞性の維持と分化の抑制に機能していたのだ。
では、Sox2はES細胞とTS細胞でターゲット遺伝子をどのように変えているのだろうか。Sox2のDNA結合解析やタンパク結合解析を行なった結果、Sox2は単独ではなく他の転写因子と結合して機能していることがわかった。具体的には、ES細胞ではOct3/4と結合し、TS細胞ではTfap2cと結合していた。Sox2はパートナーを変えることでDNAの異なる領域に誘導され、ターゲット遺伝子が大きく変化していたのだ。
これらの結果は、ES細胞とTS細胞において、Sox2が異なる制御ネットワークの中で機能しながらも、いずれも幹細胞性の維持と分化の抑制に重要な役割を果たしていることを示していた。丹羽プロジェクトリーダーは、「これまでシグナル伝達経路の組み合わせの変化が細胞種の多様性を生み出していると考えられてきました。その際、個々のシグナル伝達経路を構成する因子やその順番は大きくは変わらない、というのが一般的な考え方です。ところが今回の結果は、ある転写因子の上流や下流は状況によって大きく変わり得ることを示しており、それが細胞種の多様性、さらには進化の一つの駆動力になった可能性があります」と語った。
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