動物の体は同種であれば大きさは違っても形は変わらない。近縁種を比較しても、マウスとラットではラットの方が大きいが、形は相似形である。より興味深い例としては、カエルの初期胚を背腹で半分に切断すると、背側の半分からは本来の半分のサイズながらも、完全形のオタマジャクシが発生する。背側組織ばかりのアンバランスな体にはならないのだ。一体どうして大きさが変化しても相似形を維持できるのだろうか?
理研CDBの猪股秀彦上級研究員(器官発生研究グループ、笹井芳樹グループディレクター)らは、アフリカツメガエルをモデルにした研究で、発生初期に体の構造を決めるオーガナイザー因子の濃度勾配が、胚の大きさに応じて調節されるメカニズムを明らかにした。この研究はフィジカルバイオロジー研究ユニット(柴田達夫ユニットリーダー)との共同で行われ、6月6日付けでCell 誌のオンライン版に発表された。
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胚の大きさに比例してSizzledの濃度が変化し、それに伴ってChordinの安定性(分解量)も変化する。その結果、胚の大きさに応じたChordinの濃度勾配が形成され、相似形が維持される。 |
両生類では、発生の初期に胚の腹側からBMPと呼ばれる腹側化因子が分泌され、これに対し、背側からはBMPと拮抗作用のあるオーガナイザー因子が分泌される。オーガナイザー因子は背側から腹側にかけて濃度勾配を形成し、その濃度に応じて神経などの背側組織(高濃度)、筋肉などの側方組織(中濃度)、造血組織などの腹側組織(低濃度)が背腹軸に沿って誘導される。先の初期胚切断の実験は、オーガナイザー因子の濃度勾配の傾きが胚の大きさに応じて正しく調節されていることを示唆しているが、その仕組みは長年の謎であった。
今回、猪股上級研究員らはアフリカツメガエルの初期胚を用いて、オーガナイザー因子の分布が胚の大きさに応じて調節されるメカニズムを探った。彼らは、オーガナイザーを欠損した腹側のみの胚を作成し、外因的な遺伝子発現によって背腹軸を再構成する構成論的アプローチをとった。これにより、個々の因子の機能を定量的に解析することができる。
彼らはまず、腹側化した胚の一部にオーガナイザー因子であるChordin(コーディン)を人工的に発現させ、背腹軸を再構成する実験を行った。すると、Choridnは野生型と同様に適切な濃度勾配を構築し、胚の中に正しく背腹軸を形成することを見いだした。次に、Chordinの分布を決めている要因を調べると、Chordinは胚の中で分解酵素によって積極的に分解されるが、この分解酵素の阻害因子であるSizzled(シズルド)によって安定化されることもわかった。実際、再構成実験でSizzledの発現量を人工的に変化させると、Chordinの濃度勾配はSizzledの濃度に依存して緩勾配から急勾配までその傾きを変動させることが明らかになった。さらに両者の関係を調べると、SizzledはChordinを安定化させ、Chordinの拡散をより遠方まで伸ばすが、Chordinは逆にSizzledの発現を抑制することがわかった。つまり、ChordinとSizzledは互いにフィードバックを形成しバランスを保っていたのだ。
初期胚を背腹で切断した場合はどうなっているのだろうか。前述の通り、背側の半分からは、半分のサイズながらも完全形のオタマジャクシが発生する。そこで、半割にした胚の遺伝子発現を調べると、背側マーカーの発現パターンが半分に縮小し、相似形が維持されていた。ところが、Sizzledの機能を欠損させると背側マーカーの大きさは変化せず、相似形は崩壊した。この結果は、Sizzledが胚の大きさに応じてChordinの濃度勾配の傾きを調節していることを示していた。さらに調べると、Sizzledの濃度は胚の大きさに比例して変化することが見いだされた。つまり、胚が小さくなるとSizzledの濃度は低下し、Chordinは不安定化することが示されたのだ。不安定化したChordinは遠くまで拡散することができなくなり急な濃度勾配を形成する。その結果、背腹軸パターンは圧縮され、相似形を維持するのである。このことはコンピュータシミュレーションによっても強く裏付けられた。
これらの結果から、Sizzledが胚の大きさに応じてChordinの濃度勾配の傾きを調節していることが明らかとなった。この仕組みにより、胚の大きさが変化しても体の構造は相似形を維持できるのだ。発生生物学の父、ハンス・シュペーマンが発見したオーガナイザーの機能に重要な知見が加わったといえる。笹井グループディレクターは、「このような調節機構が他の動物でも働いているのか、また、胚が成長し胚サイズが時間とともに変化する場合にも、相似形を維持するために同様の調節機構が働いているのか明らかにしたいです」と語った。
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