独立行政法人 理化学研究所 神戸研究所 発生・再生科学総合研究センター

2013年1月31日


ヌタウナギに見る脊椎動物の進化
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脊椎動物は顎をもつ顎口類と顎をもたない円口類に大別でき、後者にはヌタウナギとヤツメウナギが属する。ところが、ヌタウナギが椎骨や眼のレンズなど脊椎動物を定義づける特徴を幾つか欠くため、形態学的にはこの動物がヤツメウナギや他の脊椎動物よりも原始的な系統に属するとも考えられてきた。他の脊椎動物では外胚葉に由来する下垂体が、ヌタウナギでは内胚葉に由来するという過去のデータもこの考え方を支持している。一方、近年の分子系統学的解析では、ヌタウナギとヤツメウナギが単系統であることを示しており、形態学的知見と一致を見ていない。

理研CDBの大石康博(形態進化研究グループ、倉谷滋グループディレクター)らは、ヌタウナギ頭部の発生を詳細に観察した結果、ヌタウナギとヤツメウナギが共通の発生パターンをもつことを明らかにした。この研究は、ゲノム資源解析ユニットおよび台湾のAcademia Sinicaと共同で行われ、イギリスの科学紙 Nature の1月10日号に発表された。なお、大石氏は神戸大学理学研究科に大学院生として所属し、連携大学院制度により理研CDBで研究を行っている。


謎の多いヌタウナギ(下)だが、今回の研究によって、他の脊椎動物と同様に腺性下垂体が外胚葉由来であることや、同じ円口類に属するヤツメウナギ(上)と共通の発生パターンをもつことが明らかになった。


ヌタウナギの進化的位置が謎のままだった理由の一つは、その生態や繁殖行動が十分に知られておらず、胚の入手が困難だったためである。同グループは2007年、ヌタウナギの人工繁殖に初めて成功し、その後、ヌタウナギに背骨の痕跡を見出すなどの知見を重ねてきた(科学ニュース2007.3.192011.7.1)。今回、十分な数の胚を確保し、下垂体、口、鼻など、複雑な頭部構造の発生過程を詳細に観察した。具体的には、中期神経胚(114〜195日齢)から組織標本をつくり、コンピューターによって立体復元モデルを作成、解析した。また、遺伝子発現解析により各器官の原基の同定などを行った。

その結果、これまで内胚葉由来と考えられてきた腺性下垂体が、他の脊椎動物と同様に外胚葉由来であることが明らかになった。過去の研究では、内胚葉と外胚葉の境界が誤って認識されていたのだ。さらに彼らは、鼻腔の形成にも着目した。他の脊椎動物は鼻孔を2つもつが、円口類には一つしか無い。この鼻孔から延びる鼻腔はヌタウナギでは咽頭につながるが、ヤツメウナギでは行き止まりになっている。そのため、これらの発生過程も大きく異なると考えられてきたが、今回の解析の結果、どちらも同じ原基から生じていることが見出された。

これらの結果から、ヌタウナギとヤツメウナギが共通の発生段階を経ること、また、それが円口類に独特な発生パターンであることが明らかになった。つまり、分子系統学的結果と形態学的、発生学的理解が円口類の単系統性をともに認め、これまでの矛盾がこのたび初めて解消されたことになる。また、ヌタウナギの成体に見られるいくつかの特異的な形質が、発生後期に二次的に獲得されたものに過ぎないことも示された。さらに彼らは、顎口類の祖先にあたる化石魚類を検証し、それらが円口類と同様の発生パターンを持っていた可能性も示している。倉谷グループディレクターは、「今回明らかになった円口類の発生パターンが、実は全ての脊椎動物をもたらした祖先的発生パターンであった可能性がある。私たちの祖先が最初にどのような発生機構を獲得し、それがどのように変化して多様な形態をもたらしてきたのか、今後も探っていきたい」と話す。



掲載された論文 http://www.nature.com/nature/journal/v493/n7431/full/nature11794.html
 
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ヌタウナギに背骨?(2011.7.1)


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