多くの神経組織や感覚器官は「原基」と呼ばれる外胚葉が肥厚した部位から生じる。このうち内耳を形成する内耳原基と顔面神経を形成する上鰓原基は、後部原基領域(PPA: posterior placodal area)と呼ばれる共通の領域からFGFシグナルにより誘導される。複数のモデル生物を用いた研究から、Pax遺伝子がFGFとともにPPAやそこから生じる原基の形成に寄与すると考えられているが、未だその詳細は明らかでない。
理研CDBのSabine Freter研究員(感覚器官発生研究室、Raj Ladher室長)らは、Pax2遺伝子がPPAの誘導ではなく、PPAにおける細胞分裂の制御に寄与することを明らかにした。ゲノム資源解析ユニット(工樂樹洋ユニットリーダー)との共同で行われたこの研究は、組織への細胞分化におけるPax遺伝子の機能を示唆するものであり、Developmental Dynamics誌の11月号に発表された。
|
内耳の前駆細胞でPax2 を過剰発現させると(青)、BrdUやEdU(共にDNAの構成分子であるチミジンの類似体。それぞれ緑、赤で染色)の取り込みが減少することから、細胞分裂が抑制されていることがわかる。 |
マウス、ゼブラフィッシュ、カエルでは、Pax8とPax2が内耳原基の形成初期に発現することから、Pax遺伝子が内耳原基の形成に重要な役割を果たすと考えられてきた。しかし後に、Pax8とPax2を欠損したマウスで内耳原基は正常に形成されることや、ニワトリでもPax2がPPAの誘導に重要でないことが示唆されるなど、Pax遺伝子の研究は混迷を極めていた。一体Pax遺伝子は、内耳の初期発生においてどのような役割を果たしているのだろうか?
Freterらは、ニワトリではPax8の発現報告がないことに着目し、ニワトリ胚を用いてPax8およびPax2の機能解析を試みた。まず、ニワトリや近縁種のゲノムを調べたところ、興味深いことに鳥類はPax8を持たず、進化の過程で失われていると考えられた。これは、Pax2がPPAや内耳原基で機能する唯一のPax遺伝子であることを示唆している。そこで、Pax2の発現をRNAi法により抑制したところ、以前示された通り、最も初期のPPA誘導には影響がないことが確認された。Pax2を過剰発現した場合も同様に、PPAへの影響は見られなかった。そこでFreterらは、Pax2が内耳原基の誘導ではなく、その後の分化に関与する可能性を探った。Pax2を抑制した場合、内耳の分化を示す遺伝子Soho1の発現開始が通常より遅れたが、内耳の前駆組織である耳胞は形成された。しかし、正常と比較して耳胞のサイズが有意に小さくなった。Pax2を過剰発現させた場合も耳胞の縮小が見られたが、その影響は発現を抑制するよりも大きい傾向を示した。
PPAから生じるもう一つの原基、上鰓原基についてもPax2の影響を調べた。Pax2の発現を抑制すると、上鰓原基から神経前駆細胞への分化が阻害されることが、神経前駆細胞で発現する遺伝子の減少から示された。また、Pax2を過剰発現させた場合も同様に、神経前駆細胞に特徴的な遺伝子発現が抑制された
最後にFreterらは、Pax2を抑制した際に見られる異常の原因を探った。耳胞が小さくなることから、まずアポトーシス(細胞の自然死)の誘導を疑ったが、アポトーシスを誘導するカスパーゼ経路に変化は見られなかった。一方、PPAにおける細胞分裂の速度に大幅な減少がみられ、結果として、全体の細胞増殖活性が低下していた。
今回の結果は、Pax2がPPAにおいて適切に細胞分裂を制御することで、内耳や顔面神経への分化・形成に関与することを示している。しかし、初期の内耳発生におけるPax2の作用機序は一様ではなく、今後の研究課題も残っている。Ladherチームリーダーは、「Paxは骨格筋など他の組織においても前駆細胞の維持に寄与していることが知られています。今回の結果からも、Paxが一般的に細胞分裂や未分化性の維持に機能していることが予想されます。」と語った。
|