大腸神経系を形成する腸管神経前駆細胞の“近道移動” |
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腸管には神経の網が密に張り巡らされ、蠕動運動や分泌、血流などを自律的に制御していることから、「第二の脳」とも呼ばれる。この腸管神経系を作る細胞の大部分は、咽頭付近に生じる迷走神経堤細胞に由来する。体長の数倍にもおよぶ長い長い旅路の果てに、神経細胞は腸管全長を覆うのだ。これまで、腸管神経前駆細胞の移動は、腸管壁を伝って咽頭側から肛門側へ向かう一方向の移動だと考えられてきた。この過程に異常をきたすと、大腸末端部(肛門側)で神経系を欠損するヒルシュスプルング病という先天性の腸閉塞症を引き起こす。しかし一部の患者では、神経欠損が末端部だけでなく小腸との境界付近にも存在する「skip areas」という病態を示すことがある。従来の移動様式では、この病態は説明がつかなかった。
理研CDBの西山千尋テクニカルスタッフ(神経分化・再生研究室、榎本秀樹研究室長)らはマウスをモデルにした研究から、腸管神経前駆細胞の一部が腸間膜を横断して小腸から大腸へ”近道移動”することを発見し、大腸の腸管神経系が形成されるメカニズムを解明した。この成果は、科学誌Nature Neuroscience電子版に8月20日付けで発表された。
マウスでは、腸管神経前駆細胞は胎生9.5〜14日にかけて腸管を覆うが、この間に細胞移動の場である腸管自体も大きく形を変え、成長する。胎生10日ではほぼ直線状の管は、11日にかけてヘアピン状に折れ曲がり、中腸と後腸(小腸、大腸の原基)を形成する。中腸と後腸は一過的に非常に近接し11.5日を過ぎると再び離れていく。研究チームは、摘出した腸管を組織培養しながら経時的に観察するライブセルイメージングを用いて、変形する組織における細胞移動の様子を解析した。解析に用いたのは、「GFPマウス」と「KikumeGRマウス」。どちらも各蛍光色素を腸管神経前駆細胞で発現するが、KikumeGRは紫外線などの短波長光を照射することで緑から赤へと色が変わるため、光照射して一部の細胞を標識し追跡することができる。胎生12.5〜13.5日のマウスでは、複数の前駆細胞が束になって網目状に後腸に広がっていく様子が観察できるが、KikumeGRマウスを用いた解析により、このとき先端の200〜300μm部分が増殖しながら伸長し、後腸の神経系の80%以上を形成することが明らかになった。
では、この先端部分の神経前駆細胞群は一体どこから来るのか。発生を1日遡った胎生11.5日のKikumeGRマウスを用いて解析すると、腸管が折れ曲がって中腸と後腸が近接するとき腸間膜との境界付近に並んだ神経前駆細胞が、この先端部分の細胞群を形成することが分かった。さらに発生を遡ると、驚くべきことに、この細胞群は中腸から腸間膜を渡って、いわば”近道移動”して後腸に侵入することを発見した。この”近道移動”する細胞群は後腸末端部の神経系形成に非常に重要で、腸間膜を切断して近道移動を障害すると、後腸の神経系が遅延することが確認された。
研究チームはさらに、2008年に作製したヒルシュスプルング病モデルマウスを用いて、近道移動と疾患の発症機序との関連を探った。すると、このモデルマウスでは”近道移動”する細胞が大幅に減少していることが判明した。このことから、ヒルシュスプルング病に見られる大腸末端部の神経欠損は”近道移動”する細胞の不足に起因し、skip areasの病態は、腸管壁を伝ってくる細胞と”近道移動”する細胞との癒合不全によるものと説明できるようになった。また、ヒルシュスプルング病では、神経細胞の発生と分化に必須のグリア細胞株由来神経栄養因子(GDNF)受容体の発現が低下していることが知られるが、神経前駆細胞の”近道移動”にはGDNFシグナルが不可欠であることも示した。
本研究から、腸管神経前駆細胞の”近道移動”が腸管神経系の形成に非常に重要であることが明らかになった。これは既存の腸管神経形成の概念を覆す大きな成果だ。「中腸と後腸が接近するのは、マウスではわずか1日程度。この間に”近道移動”を終えなければ腸管神経系はうまく形成されません。細胞の移動と組織の形態変化のタイミングが厳密に制御され、見事に連動しているのです」と榎本研究室長は語る。今後の課題の一つは、”近道移動”する細胞としない細胞では性質的にどのような差があるのか、また、その差がどの段階でどのように生じるのかを理解すること。重篤な腸管神経欠損症の場合、神経節がある部分をつなぎ合わせるといった外科手術での治療は困難だ。このような患者に対して、幹細胞を用いた移植治療を目指す研究が世界中で始まっている。”近道移動”する細胞の特質を解明できれば、幹細胞の分化誘導などの技術開発にも応用できると期待される。
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