独立行政法人 理化学研究所 神戸研究所 発生・再生科学総合研究センター

2012年5月18日


複雑な耳のシステムが形成される仕組み
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カタツムリのような渦巻、振動する小さな骨のかけら、三方向にのびるループ、振動にそよぐ毛を持った細胞。聴覚と平衡感覚を司る耳は、まるで精巧な美しい迷路のような構造を備えている。脊椎動物の耳は内耳・中耳・外耳の3つの領域から構成されており、各部は連結し、機能的に高度に統合されている。しかし意外なことに、これらの領域は異なる胚葉から生じることが知られている。それぞれ別の起源をもつ各領域は、発生過程において密接に協調し合い、統合されていくと考えられるが、そのメカニズムはまだあまり知られていない。

理研CDBのYiHui Zou研究員、Siu-Shan Mak研究員(感覚器官発生研究チーム、Raj Ladherチームリーダー)らはニワトリ胚とウズラ胚のキメラを用いた研究から、頭部沿軸中胚葉および咽頭内胚葉からのシグナルが中耳の耳小柱の形成を誘導すること示し、発生過程における内耳と中耳のシステム統合の仕組みの一部を明らかにした。本成果は、科学誌Developmental Dynamics 電子版に4月25日付けで公開された。

左:胚生12日目のニワトリ胚の耳小柱。
右:胚生14日目のニワトリ胚の耳小柱(青色、赤色は硬骨組織)。


中耳には、鼓膜に伝わった空気の振動を内耳へ伝えるための小さな骨が存在する。哺乳類ではつち骨・きぬた骨・あぶみ骨の3つを指すが、ニワトリを含む鳥類では耳小柱と呼ばれるひとつの骨でまかなわれている。この構造は内耳のすぐ隣、つまり中耳と内耳の接触面に位置していることから、両者の機能を結びつけるための何らかの仕組みが発生期に働いていると考えられた。

耳小柱は神経堤由来の遊走性細胞から形作られる。内耳の他に、様々な組織の初期発生に重要な頭部沿軸中胚葉、咽頭内胚葉といった組織とも近接していることが知られている。HH10〜11期(受精後約40時間)ごろ、はじめに耳小柱となる神経堤前駆細胞に接触するのは、頭部沿軸中胚葉である。そこで、この頭部沿軸中胚葉との物理的接触が耳小柱形成の第一段階に作用すると予想し、ニワトリ胚の頭部沿軸中胚葉に同じ時期のウズラ胚由来の組織を移植し、その影響を調べた。すると興味深いことに、HH10期のウズラ胚の組織を移植しても特に影響は見られなかったが、接触する以前のHH8期の胚由来の組織は神経堤前駆細胞に作用し、耳小柱の形態を変化させることが分かった。HH8期の組織を移植した耳小柱は、外耳側の骨の形態が大きく変化し、中央の軸部分が2本になったのだ。直接の接触がないにもかかわらずHH8期の頭部沿軸中胚葉が耳小柱の形成に影響を及ぼしたことから、何らかの組織が頭部沿軸中胚葉からの作用を仲介している可能性が浮上した。

それでは、両者を仲介する組織とは一体何だろうか。これまでの研究から、咽頭内胚葉は、耳を含む頭部の様々な構造へ分化する元の組織で、頭部の発生に非常に重要な役割を担っていることが知られている。そこで、咽頭内胚葉の移植実験を試みたところ、外耳側に余剰な骨が形成されるなど、頭部沿軸中胚葉を移植した場合とよく似た耳小骨の形態変化が起こることが分かった。また、この時期の咽頭内胚葉はシグナル分子Fgf19を発現している。Fgf19は、内耳の誘導に非常に重要な機能を果たすことが知られており、耳小柱の形成にも作用していると考えられた。彼らは、HH8期のニワトリ胚の咽頭内胚葉を取り出して培養し、Fgf19の発現を調べた。すると、咽頭内胚葉単独ではFgf19の発現は認められないのに対し、ウズラ胚由来の頭部沿軸中胚葉を結合させて培養するとFgf19が正しく発現することが分かった。つまり、頭部沿軸中胚葉からの何らかのシグナルが、咽頭内胚葉のFgf19の発現を制御しており、これが耳小柱の形成に作用していると考えられるのだ。

本研究から、頭部沿軸中胚葉および咽頭内胚葉からのシグナルが中耳の発生に重要な役割を果たすことが明らかになった。また、内耳と中耳は同じ咽頭内胚葉からのFgfシグナルによる制御を受けていることが示唆され、2つの領域が統合的に形成される可能性が示された。Ladherチームリーダーは「由来の異なる様々な領域を含む組織のシステムが、どのようにして協調し、統合されながら発生していくのか、これまでほとんど研究されていません。聴覚システムは、このような発生レベルでの領域間の統合を研究する非常にいいモデルです。頭部沿軸中胚葉もまたHH6〜8期には内耳の誘導に機能しており、この誘導能はFgf19による制御を受けていることが示唆されています。内耳と中耳の発生メカニズムは非常に複雑で、興味は尽きません。」と話した。



掲載された論文

http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/dvdy.23788/abstra
ct;jsessionid=1621404AB23DAF23176CF3ABF8563C15.d02t03

 


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