染色体が高度に凝集されたヘテロクロマチン領域では構造的に遺伝子の転写や組み換えが抑制(サイレンシング)されている、というのがこれまでのセオリーだ。しかし近年、酵母において、このヘテロクロマチン領域でも実は転写が起っていることが明らかになった。転写で生じたnon-coding RNAが、RNA干渉(RNAi)の機構を介してヘテロクロマチンの凝集に機能しているというのだ。RNAiとヘテロクロマチン凝集、交わるはずがないと思われていた両者のメカニズムは、一体どのようにコンタクトしているのか。
理研CDBの林亜紀研究員(クロマチン動態研究チーム、中山潤一チームリーダー)らは分裂酵母を用いた研究から、Ers1がSwi6との結合を介して、ヘテロクロマチン領域へのRNAi装置のリクルートに寄与していることを初めて明らかにした。本成果は米科学誌Proceedings of the National Academy of Science USA電子版に4月2日付で公開された。
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RNAiとヘテロクロマチン形成に関わる因子とErs1の機能的役割
Ers1は、Swi6とHrr1とを結びつけることでRNAi装置の一つである
RDRCをヘテロクロマチン領域へリクルートする |
ヘテロクロマチンの凝集はメチル化によって制御されている。酵母では、メチル基転移酵素Clr4が染色体の特定領域にメチル基を付加し、そこにSwi6(哺乳類ではHP1)をはじめとするクロモドメインタンパク質が結合することで、ヘテロクロマチン凝集が誘導される。一方、RNAiは転写後のRNAを分解・翻訳抑制する仕組みで、エピジェネティックな遺伝子発現の調節機構として生体内で様々な役割を担っている。酵母では、哺乳類のRISCに当たるRITS(RNA-induced transcriptional silencing)複合体、Hrr1等から構成されるRDRC(RNA-dependent RNA polymerase complex)等がRNAiに機能する因子として同定されてきた。非常に興味深いことに、酵母を用いた最近の研究から、一部のRNAi関連因子を破壊するとセントロメア領域のヘテロクロマチン凝集に異常をきたし、サイレンシングが不完全になることが明らかになった。実際、RITSやRDRCはセントロメアヘテロクロマチン領域に局在しており、RNAi機構がヘテロクロマチンの凝集に関与している可能性が示されている。
林研究員らはRNAiを介したヘテロクロマチン凝集機構に関連する新規因子を同定するため、セントロメアのサイレンシングに異常をきたす酵母変異株のゲノムスクリーニングを行った。すると、いくつかのRNAi関連因子に交じってErs1という因子が同定された。Ers1はこれまでRNAiに関与する可能性が指摘されながらも、その具体的な機能は明らかにされていなかった。そこで、彼らはこの因子に注目して解析を進めることにした。
見つかった変異株はErs1の一部が点変異を起こしており、セントロメア領域における不完全なサイレンシング、siRNA生成量の低下、メチル化の減少等の異常を示していた。この変異株にヘテロクロマチン凝集またはRNAiに関連する様々な遺伝子を導入したところ、Hrr1とClr4をそれぞれ過剰発現させた時にこれらの異常を一部相補できることを見出した。このことから、Ers1はHrr1, Clr4と機能的にリンクしていると考えられた。そこで各因子間の物理的な相互作用を調べると、Ers1とHrr1は結合していることが分かった。一方、Ers1とClr4、Hrr1とClr4に物理的な相互作用は認められなかった。
Clr4とErs1が結合していないとすれば、機能的なリンクの裏には一体どのようなメカニズムが隠されているのだろうか。彼らは、Ers1の細胞内局在を探った。EGFPでラベルしたErs1を野生型株に導入すると、核内にて点状の凝集したシグナルが複数検出され、ヘテロクロマチン領域に局在することが示された。一方、Clr4またはSwi6を破壊した株に導入したところ、上記のような点状の局在は認められずシグナルが拡散していた。Clr4やSwi6は、Ers1のヘテロクロマチン局在に必須なのだ。さらに、Yeast-two- hybrid法によりErs1はSwi6と直接結合することが明らかになった。これらのことから、Ers1はSwi6との結合を介して、Clr4によりメチル化が亢進したヘテロクロマチン領域に局在することが明らかになった。
以上の結果から、Ers1は一方でHrr1と、もう一方でSwi6と結合することが示された。Hrr1はRDRCの構成要素だ。そこでクロマチン免疫沈降アッセイを行うと、Ers1およびSwi6不在下ではHrr1を含むRDRCがセントロメアヘテロクロマチンに局在できなくなることが確認された。RDRCは、メチル化を識別するSwi6と両者をつなぐErs1という2つの因子の介在を経て、ヘテロクロマチン領域に局在できるのだ。
今回の研究により、Ers1がSwi6との結合を介して、RDRCをセントロメア近傍の高メチル化領域にリクルートすることが明らかになった。「最近の研究から、RDRCはRITSとダイレクトに相互作用することが明らかになっています。このことから、Ers1はRNAiに関与する装置一式をヘテロクロマチン領域へと結び付ける、重要な橋渡し役として機能していると考えられます。」と中山チームリーダーは言う。「このような機構、すなわちクロマチンの構造変化とRNAiがリンクしている例は酵母以外の生物種においても保存されているのか、非常に興味深いですね。」
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