現代の生命科学研究に蛍光観察は欠かせない。細胞がもつ特定の分子を蛍光物質で標識すれば、細胞内の構造や細胞の動きを可視化し、生命現象をより詳細なレベルで見ることができる。しかし、蛍光観察は、それ自体が細胞に大きなダメージを与え、また、蛍光を急速に退色させてしまうという問題を抱えている。蛍光を光らせるためには、水銀ランプなどを光源に用い、強い励起光を観察対象に当てる必用があるためだ。
理研CDBの若山照彦チームリーダーと山縣一夫研究員(共にゲノム・リプログラミング研究チーム)らは、ハロゲンランプを光源とする通常の顕微鏡で蛍光観察を行う方法を開発した。水銀ランプを用いないため細胞へのダメージが少なく、生きたまま長時間蛍光観察ができる。この研究成果は、科学誌PLoS ONEに2月8日付けでオンライン発表された。
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ハロゲンランプを光源とする通常の正立顕微鏡に励起フィルターを取り付け、マウスの胚盤胞を観察した様子。内部細胞塊と栄養外胚葉をそれぞれ赤、緑の蛍光物質で染色している。 |
蛍光顕微鏡が高価であることも今回の開発のきっかけだった。アジアの各地域で生殖工学会を開催している若山チームリーダーは、「途上国では研究者や学生のモチベーションは高いにも関わらず、資金不足で蛍光顕微鏡を備えていないことが多い。先端的な研究に参加できない『研究格差』が生じています」と話す。「蛍光観察には強力な光源を備えた蛍光顕微鏡を使うのが常識ですが、近年では蛍光物質も改良されていますので、観察対象によっては通常の光源でも観察できるかもしれないと考えました」。
光源から励起光を取り出すためには、励起フィルターを通して不要な波長の光を取り除く必要がある。今回彼らは、オリンパス株式会社の協力を得て、ハロゲンランプを光源とする通常の顕微鏡(倒立および正立顕微鏡)に、励起フィルターを取り付けるためのアダプターを開発した。また、観察対象が発する蛍光以外の光をカットする吸収フィルターも取り付けた。この顕微鏡を用いて蛍光標識したマウスの初期胚を観察したところ、驚くべきことに、蛍光顕微鏡と遜色ない鮮明さで蛍光像を得ることができた。
蛍光観察の際には、励起フィルターによって可視光を遮断するため、暗い視野に蛍光だけが浮かび上がる。しかし、明るい視野の中で細胞の全体像を確認しながら蛍光を観察したいことが多々ある。そのため、通常は可視光用の光源を別途用意することになる。今回彼らは、開発したアダプターに改良を加え、励起フィルターを取り付けた際に光源からの光が漏れ込むような隙間をつくり、さらにその光量を調節するための絞りを追加した。これにより、1つのハロゲンランプで蛍光と可視光が同時に観察できるようになった。
彼らは、細胞へのダメージや蛍光の退色についても検証している。マウス卵子に蛍光色素のフィコエリスリンを注入して染色体を観察した結果、水銀ランプを光源とする蛍光顕微鏡では30秒以内に退色して観察不能となったのに対し、ハロゲンランプの場合は10分以上連続して観察できた。また、通常、蛍光観察を行ったマウス初期胚では、代理母に移植した際に産仔の出生率が低下するが、ハロゲンランプによる蛍光観察では産仔の発育に影響が見られなかった。
若山チームリーダーは核移植によるクローンマウスの作製を専門にしている。クローン技術は畜産分野での応用が期待されているが、ウシやブタの卵子の場合、可視光では核が識別できない。かといって細胞へのダメージを考慮すると蛍光観察もできないため、これまで、経験と勘に頼って除核を行う必要があった。今回開発した方法によって、細胞にダメージを与えずに、核を蛍光観察しながら確実に除核できるようになったことの意義は大きい。若山チームリーダーは、「高価な蛍光顕微鏡を必要としないため、途上国や教育現場での活用も期待できます。ハロゲンランプにも様々な強度があるので検証が必要ですが、今回開発したアダプターを用いて、今ある顕微鏡にフィルターを取り付けるだけで済めば、蛍光観察のコストは大幅に下がります」と話した。
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