1997年にクローン羊ドリーの誕生が公表され、「動物のコピーを作る」というSF映画さながらの新技術に世界中が驚いた。以来、体細胞クローン技術は畜産分野をはじめ、多くの分野への応用が期待されている。しかし、15年以上が経った現在でもその成功率は極めて低く、クローンマウスでは仔として産まれてくるのは核移植した胚のわずか数%程度というのが現状だ。これまで、クローン胚の遺伝子発現解析やエピジェネティック解析など多方面から研究が進められてきたが、低成功率の主な原因はいまだ不明である。
理研CDBの山縣一夫、水谷英二研究員(ゲノム・リプログラミング研究チーム 若山照彦チームリーダー)らは、クローン作製の成功率が低い決定的な要因の一つが、初期卵割過程における染色体分配異常であることを突き止めた。本結果は、胚を生きたまま経時的に観察できるイメージングシステムを構築したことで初めて明らかになった。この成果は、米国の科学雑誌Developmental Biology電子版に1月14日に掲載された。山縣研究員は、現在は大阪大学・微生物病研究所で、水谷研究員は理研バイオリソースセンターで活躍している。
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ムービー:染色体異常分配の様子(左:明視野像、右:赤-Histone H2B, 緑-tubulin,)。
分裂の際、中心付近に染色体の一部が取り残されている。
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クローン胚は通常の胚に比べ、産仔まで成長する確率が極めて低い。この原因として、近年ではエピジェネティックな異常が大きく影響しているとする説が主流であるが、現在までクローン作製効率の大幅な改善には至っていない。このような中、研究チームは近年、不妊症の主な原因と考えられている初期胚の染色体異常に着目した。しかし、免疫染色やin situ hybridizationなどの従来の解析方法では、観察時に胚を固定・破壊する必要があるため、発生過程を追跡して観察し、最終的なクローン作製率と染色体異常との関連を調べることはできない。そこで、初期発生段階の胚の染色体分配の様子を生きたまま、時間を追って観察可能なライブセルイメージングシステムの開発に挑んだ。
染色体および紡錘体を標識するための蛍光プローブにはHistone H2B-mRFP1およびEGFP-α-tubulinを用い、ゲノムへの外来遺伝子導入を避けるためそれらをコードするmRNAを注入する方法を選択した。また、注入する蛍光プローブの量を最小に抑える一方、顕微鏡システムの最適化を図って検出感度を最大限に高め、胚へのダメージをできる限り少なくするよう工夫した。その結果、核移植後の胚を桑実胚・胚盤胞期までの約60時間にわたり、連続的かつ3次元的に蛍光動画撮影することに成功した。さらに、観察後の胚を偽妊娠マウスに移植し、クローンマウスを得ることにも成功した。
このイメージングシステムを用いてクローン胚の初期卵割における染色体の動きを詳細に解析したところ、驚くべきことに、動画撮影したクローン胚330個のうち約80%が8細胞期までに1度は染色体分配異常を起こしており、それらを偽妊娠マウスに移植したところ全て発生不全に陥っていたことが分かった。一方、8-16細胞期の間に分配異常を起こした胚からは2.5%、16細胞期までの間に一度も分配異常を起こさなかった胚からは7.1%の確率でクローンマウスが誕生した。このことから、8細胞期までの初期卵割過程において起きる染色体分配異常が、クローン胚発生に致命的な影響を及ぼすことが明らかになった。さらに、動画撮影したクローン胚から72個を無作為に選び、一つ一つの胚のクローン作製能を検証するために個別に偽妊娠マウスに移植して、クローンマウスの出生率を調べた。その結果、3匹のクローンマウスが誕生した。元となったクローン胚の動画を遡って解析したところ、染色体はすべて8細胞期まで正常に分配されており、先の結果を支持するデータとなった。
これまで、クローン作製の成功率が低い原因として遺伝子発現異常やエピジェネティックな異常がフォーカスされがちであったが、本研究は染色体の分配異常というマクロなレベルの異常が重要な影響を及ぼすことを示し、新たな視点を拓いた。若山照彦チームリーダーは、「今回開発した技術を応用すれば、初期胚の段階で将来個体になる可能性が高いクローン胚を生きたまま見分けることが可能になり、体細胞クローン作製効率の大幅な向上が期待できる。」と話す。また、山縣一夫研究員は、「本システムを用いて染色体分配異常のメカニズムを解明することで、生殖医療分野にも貢献できると期待している。また、クローン作製の低成功率の原因としては、染色体分配異常とエピジェネティック異常など他の要因とが複合的に影響し合っている可能性も十分考えられる。今後は、これらとの関連についても研究を進めたい。」と語った。
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