発生過程において組織や器官が形成されていく仕組みを知るためには、個々の細胞の振る舞いを調べる必要がある。蛍光ライブイメージングは、生きたままの胚において特定の細胞や細胞内の構造を可視化し、その動きを追跡することができる技術である。マウスにおいても蛍光ライブイメージングが可能だが、多くの場合、蛍光遺伝子を染色体にランダムに導入しているため、発現部位を厳密に制御できない、発現量にバラツキがある、複数の構造を同時に標識できないなどの問題を抱えていた。
理研CDBの動物資源開発室(相澤慎一室長)は、核や細胞膜など7種類の細胞内小器官を条件特異的に蛍光標識できる12系統のマウスを開発した。ライブイメージングに適した十分な蛍光シグナルが得られ、また、二重標識も可能であることが確認された。既に汎用されているCre-loxPシステムを発現制御系に用いているため、容易に発現部位を限定できる。この研究成果はGENESIS 誌の7月号に掲載され、同室はこれらのマウスの配布を開始している。
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脊索の細胞膜で特異的にVenus(緑)を発現させた様子(a)とその拡大像(b)。青はDAPIによる核染色 |
これまでの手法が抱える問題を解決するために、彼らは染色体上のROSA26遺伝子座に着目した。この領域に導入された遺伝子はほぼ全ての組織で発現することが知られ、しかも、ホモに変異を導入しても異常を生じない。そこで、ROSA26領域へ蛍光遺伝子を導入し、それをCre-loxPシステムで組織特異的に発現させれば、ライブイメージングに適した汎用性の高いレポーターマウスを作成できると考えた。
彼らはまず、適切な蛍光遺伝子と局在シグナルの組み合わせを選定するところから始めた。EGFP(緑)やmCherry(赤)といった6種類の蛍光遺伝子と、核、細胞膜、ミトコンドリアといった細胞内小器官への局在シグナルを融合させ、28種類のレポーター遺伝子を作成した。これらを培養細胞へ導入して発現パターンを解析し、特異的な細胞内局在と十分な発現量を示す16種類のレポーター遺伝子を選定した。これらの遺伝子を相同組換えによってES細胞のROSA26領域に導入したが、その際に、loxP配列で挟んだSTOP配列を加えることで、レポーター遺伝子がそのままでは発現しないようにした。このES細胞を用いて変異マウスを作成すると、Creを発現する細胞だけでSTOP配列が切除され、レポーター遺伝子が発現することになる。
このようにして作成した16種類の変異マウスを、Creを全身で発現するマウスと交配し、レポーター遺伝子の発現を7.5日胚において確認した。その結果、多くのレポーター遺伝子が期待通りの発現を示したが、一部、蛍光シグナルが弱いものや細胞内局在が不明瞭なもの、凝集塊を形成してしまうものなどが見られた。これらを除外した結果、最終的に12種類のレポーター遺伝子が適切に機能することがわかった。
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(上)今回作成された12種類のレポーターマウスの一覧。全てホモ接合体で維持され、Creの共発現でレポーター遺伝子を発現する。(下)7.5日胚における実際の発現の様子。それぞれ上段は胚の断面像、下段は臓側内胚葉(Visceral Endoderm)表面の拡大像。 |
さらに、全身の核と細胞膜でそれぞれmCherry(緑)とVenus(赤)を発現するマウスを交配したところ、これらが2重標識された胚が生じた。2重標識した胚の内胚葉やエピブラストにおいて細胞膜と核の位置関係を詳細に観察すると、細胞内を核が移動する様子などが観察された。
次に、レポーター遺伝子の組織特異的な発現を試みた。細胞膜でVenus(緑)を発現するレポーター遺伝子を組み込んだマウスと、脊索だけでCreを発現するマウスを交配した。その結果、8.5日胚において、脊索の細胞膜だけでVenusを発現する様子が確認され、組織特異的なレポーター遺伝子の発現が可能であることが示された。
なお、彼らは、GENESIS 誌の同じ号に掲載された別の論文で、遺伝的変異と2重標識を簡便に組み合わせられるレポーターマウスについても報告している。そこでは、2つのレポーター遺伝子を2A配列でつないだものをROSA26領域に導入し、上述と同様のCre-loxPシステムによって組織特異的な発現を実現している。2つのレポーター遺伝子は融合タンパク質として翻訳されるが、2A部位における自己切断によって分離し、それぞれのシグナル配列が指定する部位に局在する。
同室の研究スタッフは、「組織特異的にCreを発現するマウスは既に多く開発されています。今回私たちが開発した12種類のレポーターマウスとそのようなCreマウスを交配することにより、組織特異的にレポーター遺伝子を発現させることができるため、汎用性の高い実験系が確立できたと思います。これらのマウスをCDB内外の研究者がライブイメージングに活用し、発生における細胞動態の解明に寄与できれば嬉しいです」とコメントした。
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