細胞内における物質の偏りは、多細胞生物の発生や組織形成、細胞機能発揮の基盤となっている。それを示す代表例が、ショウジョウバエの卵細胞にみられる極細胞質だ。極細胞質は卵細胞の後極に形成されるRNAとタンパク質の複合体で、これを受け継いだ細胞が生殖細胞へと分化していく。もし極細胞質が後極に維持されなければ、正常な生殖細胞形成は起こらない。しかし、この極細胞質がどのようにして後極につなぎ止められているのかは良くわかっていない。
理研CDBの田中翼研究員(生殖系列研究チーム、中村輝チームリーダー)らは、Mon2と呼ばれる分子が卵細胞の後極においてアクチン線維の再編成を促し、これによって極細胞質をつなぎ止めていることを明らかにした。この研究成果は、Development誌の6月号に掲載されている。
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Mon2の機能を欠損すると、長いアクチン繊維(パネル左側の矢頭)が形成されず、極細胞質因子Oskarが後極に維持されずに細胞質に拡散してしまう(パネル右側)。 |
極細胞質の形成にはOskarタンパク質が重要な役割を果たす。oskar RNAは卵細胞の後極に運ばれて翻訳され、他の極細胞質因子を集合させる役割をもつ。さらに、Oskarは細胞皮層(細胞膜の直ぐ内側)においてF-アクチン線維の再編成を促し、その結果、長いアクチン線維が生じる。このアクチン線維が極細胞質を後極につなぎ止めるアンカーとして機能する。同チームは以前の研究で、Oskarはエンドサイトーシス(細胞膜の陥入によって生じた小胞が物質輸送を行う現象)の活性化を介してアクチンの再編成を促していることを明らかにしていた(科学ニュース 2008.3.5)。しかし、エンドサイトーシスの活性化とアクチンの再編成がどのようにつながっているのかは未解明のままだった。
彼らはまず、OskarやVasaといった極細胞質因子が後極に維持されず、細胞質に拡散してしまう変異体を6種同定した。それらの原因遺伝子を調べると、全てmon2遺伝子の変異によるものであった。そこで、Mon2の卵細胞における局在を調べると、最初は細胞質全体にドット状に広がっていたが、卵形成が進むに従って細胞皮層に局在することがわかった。この局在は、ゴルジ体やそれに由来する一部のエンドソームの局在と一致していた。Mon2は真核細胞に広く保存されたタンパク質だが、酵母においてはゴルジ体やエンドソームへの局在が知られている。
次に、Mon2 がどのように極細胞質の維持に機能しているのかを探った。まず、Mon2変異体を詳しく調べると、極細胞質因子の輸送に関わる微小管の形成や、Oskarによるエンドサイトーシスの活性化には影響がないことがわかった。一方で、後極でOskarによって誘導されるはずの長いアクチン線維の形成は阻害されていた。また、Oskar、Mon2、エンドサイトーシス調節因子Rab5の遺伝学的相互作用を調べた結果、Mon2はOskarやそれに活性化されたエンドサイトーシスよりも下流で機能していることが示された。
次に、Mon2と結合するタンパク質の探索を行った。その結果、Mon2は、アクチン形成の核として機能するSpire(Spir)およびCappuccino(Capu)と複合体を形成することが明らかになった。SpirはRabタンパク質との結合ドメインをもつことから、これらの複合体とエンドソームとの相互作用も示唆された。また、SpirとCapuをそれぞれ欠損させると、細胞皮層における長いアクチン線維の分岐が起こらず、代わりに球状のアクチン線維の固まりが生じた。両方を欠損した場合は、アクチンの固まりすら生じず、アクチン線維の再編成自体が起きていないようだった。
また、SpirおよびCapuは、Rho1と相互作用することが知られている。Rho1は細胞皮層においてアクチン線維の編成に機能するタンパク質だ。そこで、Rho1の発現を抑制すると、彼らが期待した通り、長いアクチン線維の形成が起こらなくなった。さらに、Rhoが卵細胞の後極に局在することや、この局在がMon2を欠損すると失われることも示された。
これらの結果は、Oskarによるエンドサイトーシスの活性化がアクチン線維の再編成に至る経路を示している。すなわち、エンドソーム上のMon2がSpir、Capu、Rho1を介してアクチン線維を再編成し、極細胞質をつなぎ止める長いアクチン線維の形成を促していた。中村チームリーダーは、「近年、エンドソームが分子複合体を形成する足場として機能していることが明らかになりつつあります。また、エンドソームのような小胞による物質輸送は、細胞の極性形成に重要な役割を果たしていることが知られます。そのため、Mon2が生殖細胞だけでなく、他の体細胞においても極性形成に関与している可能性があります」と話す。
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