脊椎動物の進化を考える上で、その位置づけが定まらない生物がいる。顎を持たない円口類の一種、ヌタウナギだ。ヌタウナギは脊椎動物と多くの共通点を持つが、肝心の背骨を持たないため、脊椎動物の分類からは外されることが多かった。とはいえ、頭蓋は良く発達していることから、他の脊椎動物と一緒に頭蓋動物と呼ぶことはできる。近年では、分子系統学のデータなどから、脊椎動物の一種、ヤツメウナギと近縁であると極めて強く示唆されながらも、多くの原始的特徴を示す形態学的データとは一致せず、依然として分類学的位置の決着はついていない。
理研CDBの太田欽也研究員(形態進化研究グループ、倉谷滋グループディレクター)らは、ヌタウナギが脊椎動物であることを強く支持する研究結果を明らかにした。椎骨に相当する軟骨組織の存在が確認され、椎骨形成の発生プログラムが備わっていることも明らかになった。この研究成果は、イギリスのオンライン科学誌Nature Communicationsに6月28日付けで発表された。
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成体ヌタウナギの軟骨染色。下の拡大写真を見ると、尾部の脊索の下に脊椎様の軟骨が並んでいるのがわかる。 |
過去の文献を詳しく調べると、1900年に、米国のH.AyersとC.M.Jacksonが、ヌタウナギの尾部に椎骨に似た軟骨を発見し、脊椎様の組織の存在を既に示唆していた。しかし、この軟骨が非常に小さく観察が容易でないことや、発生過程の観察が困難だったことから、その後、詳しく検証されることはなく、現在までほとんど忘れ去られていた。太田らは、2007年にヌタウナギEptatretus burgeriを人工飼育環境で発生させることに成功し、その後、飼育環境を改良することで、組織学的・発生学的解析に必要な数の胚を入手していた。
彼らは今回、まず成体ヌタウナギの軟骨染色を行い、その形態を詳細に観察した。その結果、1900年に記載されたのと同様に、微小な軟骨が尾部に並んでいることが確認された。組織切片を作成してさらに詳しく観察すると、この軟骨は、脊索の腹側で背部大動脈を囲うように並び、確かに椎骨と同等のものであることが示唆された。
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軟骨は脊索の腹側で背部大動脈を囲うように並んでいた。 |
次に、この軟骨の形成過程を調べるために、発生段階の異なるいくつかの胚を観察した。まず、初期咽頭胚を調べたところ、脊椎動物において背骨を形成する体節が頭尾軸に沿って80対近く並んでいるのが観察され、しかも、それは内側に間葉細胞の塊と、外側に上皮様の構造を分化させていた。内側の間葉の腹側には、TwistとPax1/9が発現し、それが背骨となる硬節に相当することを示しており、一方、Pax3/7とMyoDはそれぞれ皮筋板と筋板に発現していた。これらの結果は、ヌタウナギの体節においても他の脊椎動物と同様の体節発生プログラムが働いていることを示唆していた。さらに、後期咽頭胚の尾部の体節では、Pax1/9を発現している細胞がより腹側へ広がり、背骨の分化に向かっていることが示唆された。
これらの結果を合わせると、ヌタウナギで発見された椎骨様の軟骨は、確かに脊椎動物の背骨と同様のものであると考えられた。これまで、ヌタウナギが椎骨を持たないことを前提に脊椎動物の進化が理解されてきたが、今回の結果によってそれを見直す必要がありそうだ。
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