独立行政法人 理化学研究所 神戸研究所 発生・再生科学総合研究センター

2011年2月10日


患者由来iPS細胞が網膜変性症の研究モデルとして有効
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網膜色素変性症は視細胞の一種である桿体細胞が徐々に失われ、夜盲や視野狭窄を生じる病気で、複数の原因遺伝子が同定されている。しかし、すでに同定されているだけでも45個もの原因遺伝子があり、すべての遺伝子変異のモデル動物を開発したり、病態を標準化して解析することは困難だ。また、いくつかの薬物やサプリメントの効果が検証されているものの、根本的な治療法は見つかっていない。そのため、この病気の病態を詳細に解析し、薬物試験を行うことのできる研究モデルが必要とされている。

理研CDBのZi-Bing Jin研究員と岡本理志研究員(網膜再生医療研究チーム、高橋政代チームリーダー)らは、患者由来のiPS細胞が網膜色素変性の病態解析に有効であることを初めて示した。患者由来のiPS細胞から視細胞を誘導して解析したところ、原因遺伝子によって変性過程や薬物の効果などに差異が見つかった。この研究成果は、PLoS One誌に2月10日付けでオンライン発表されている。


患者由来iPS細胞から誘導した桿体細胞。桿体細胞マーカーであるロドプシンを発現している(赤)。


彼らはインフォームドコンセントを得た上で、原因遺伝子の異なる4家系5人の網膜色素変性患者の皮膚から線維芽細胞を採取した。これらの患者は、RP1RP9PRPH2あるいはRHO遺伝子のいずれかに変異をもっている。まず、山中伸弥教授(京都大学)らが同定した4つのリプログラム遺伝子、Oct4Sox2Klf4c-Mycをこれらの細胞に導入し、各患者由来のiPS細胞を樹立した。次に、これらのiPS細胞に彼らが以前に開発していた視細胞誘導法を適用し、約4ヶ月間かけて視細胞を誘導した。これらの視細胞は、ロドプシン遺伝子の発現や電気生理学的解析から、桿体細胞であることが確認された。

興味深いことに、これらの桿体細胞は培養過程で変性する傾向が見られた。同じ患者由来のiPS細胞から誘導した錐体細胞や双極細胞ではそのような変性は見られなかった。また、桿体細胞の変性機序は原因遺伝子によって異なっているようだった。彼らの実験結果は、RP9遺伝子に変異がある場合はDNAの酸化が、RHO遺伝子に変異がある場合は小胞体へのストレスが、それぞれ変性の原因になっていることを示唆していた。

iPS細胞から桿体細胞への誘導効率および生存率(Normal:正常細胞、K21~P59:患者由来細胞)。原因遺伝子によって誘導効率(d120)に大きな差がみられる。また、患者由来細胞は正常細胞と比較していずれも生存率(d150)が低い。



次に彼らは、抗酸化作用のあるビタミンを培地中に添加し、桿体細胞の変性に対する抑制効果を検証した。これまでに、網膜色素変性の抗酸化療法として、アスコルビン酸、αトコフェロール、βカロテンが臨床試験で試されているが、いずれも明確な効果を示していない。そこで、今回作成した桿体細胞の培地中にこれらのビタミンを添加し、7日間培養して継続的に観察した。その結果、RP9に変異をもつ桿体細胞にαトコフェロールを添加した場合、細胞生存率が向上することが明らかになった。αトコフェロールは他の変異をもつ細胞には効果がなく、また、アスコルビン酸、βカロテンは、いずれの細胞にも効果を示さなかった。

今回の研究は、変異をもつ患者由来iPS細胞から誘導した桿体細胞だけが変性を起こすこと、また、それを抑制する薬剤の効果が原因遺伝子によって異なることを明らかにした。高橋チームリーダーは、「原因遺伝子の違いによる薬物効果の違いは、従来の大規模調査では相殺されてしまうため、明らかになっていませんでした。今回の結果は、患者由来のiPS細胞がいわゆるオーダーメイド医療(個別医療)への手段として大変有用であることを示しています。将来、視細胞の分化誘導法の簡素化やコスト削減、視細胞の純化法などが確立すれば、薬物効果をスクリーニングできる検査法につながると思います」と話す。



掲載された論文 http://www.ncbi.nlm.nih.gov/entrez/query.fcgi?cmd=Retrieve&db=PubMed&dopt
=Citation&list_uids=21347327
 


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