核内のDNAはヒストンタンパク質に巻き付いてクロマチンと呼ばれる構造をつくり、場所によってはさらに凝集したヘテロクロマチンを形成している。ヘテロクロマチンの形成はゲノムの安定化に寄与すると共に、その領域の遺伝子発現を広範囲に抑制するため、各細胞における遺伝子発現パターンの確立にも役割を果たしている。ヘテロクロマチンの構成因子の一つであるHP1は、遺伝子発現の抑制に重要な役割を果たし、また、ヘテロクロマチンの形成と維持にも関与していると考えられている。
理研CDBの濵田京子研究員(クロマチン動態研究チーム、中山潤一チームリーダー)らは、哺乳類のHP1αがリン酸化を受けることでクロマチンへの結合能を増し、染色体の安定化に寄与していることを明らかにした。この研究成果はMolecular and Cellular Biology誌の3月号に掲載されている。
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野生型のHP1αはヘテロクロマチン領域に局在するのに対し(左、緑)、N末端のリン酸化を欠いたHP1αはヘテロクロマチン領域に局在しなくなる(右)。 |
HP1はショウジョウバエで発見され、現在では広く真核細胞でヘテロクロマチンにおける転写抑制に機能することが知られている。HP1はN末端にクロモドメイン(CD)、C末端にクロモシャドウドメイン(CSD)をもつ。CDがメチル化されたヒストンH3(H3K9me3)に結合し、さらにCSDがHP1同士を結合させることにより、ヘテロクロマチンの形成と維持にも寄与すると考えられている。一方、HP1自身はリン酸化によって調節されることが示唆されていたが、その詳細は明らかでなかった。
今回、濵田研究員らは哺乳類のHP1がリン酸化によってどのように制御されているのかを探った。まず、哺乳類がもつHP1α、HP1β、HP1γとメチル化ヒストンH3(H3K9me3)との結合解析を行った。その結果、HP1βとHP1γはリン酸化の有無に関わらずH3K9me3と強く結合するのに対し、HP1αはリン酸化依存的に結合していることが示唆された。そこで、リン酸化状態を詳細に解析することができるPhos-tag-PAGEを行ったところ、HP1αが複数のリン酸化を受けることや、分裂中期にリン酸化レベルが上昇することなどが分かった。
次に、HP1αのリン酸化部位を特定するために、アミノ酸置換とPhos-tag-PAGEを組み合わせた実験を行った。その結果、N末端の14番セリンが主にリン酸化されていること、さらに分裂中期にはヒンジ領域の93番セリンがリン酸化されることが明らかになった。質量分析による解析では、N末端の11〜13番セリンのリン酸化も検出された。これらのリン酸化とヒストンに対する結合能との関係を調べたところ、ヒンジ部ではなく、N末端のリン酸化がH3K9me3との結合能を上げていることがわかった。また、別の解析により、N末端のリン酸化はH3K9me3との結合を促進するが、その維持には必要ないことが示された。
これらの生化学的な解析に加え、細胞内におけるHP1αのリン酸化の意義についても検証した。まず、マウスの培養細胞においてHP1αの局在を解析した。その結果、14番セリンのリン酸化が起こらないようにアミノ酸置換したHP1αでは、正常なHP1αと比較して、ヘテロクロマチン領域への局在が減少することがわかった。同様の実験により、11〜13番セリンのリン酸化もヘテロクロマチン領域への局在に寄与していることが示された。そこで、11〜14番セリンをアミノ酸置換したHP1αをマウスの培養細胞で安定的に発現させたところ、これらの細胞では染色体異常が増加し、複数の染色体異常が同時に起きている細胞も見られた。一方で、93番セリンは分裂中期にリン酸化レベルが上昇するものの、このリン酸化が起こらないようにしても、細胞周期を通してHP1αの局在に変化は見られなかった。
中山潤一チームリーダーは、「今回、HP1αのN末端のリン酸化がメチル化ヒストンとの結合を増強していることが分かりました。クロモドメイン(CD)だけでは結合能が十分でないことが示されていましたので、それを補完する結果と言えます。また、リン酸化の有無が染色体の安定性に大きく影響することも興味深い結果です」と話す。「今後、HP1αのリン酸化がどのように制御されているのか、また、93番セリンのリン酸化がどのような機能をもつのかを明らかにしていきたいと思います」。
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