独立行政法人 理化学研究所 神戸研究所 発生・再生科学総合研究センター

2011年1月17日


体内時計の動作原理に重要な知見
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体内時計はバクテリアからヒトまで多くの生物種に存在し、ヒトでは睡眠や覚醒、ホルモン分泌など様々な生理機能を調節している。体内時計の実体は、約24時間周期のリズミカルな遺伝子発現を生み出す複雑な転写ネットワークだと考えられている。哺乳類では、基本時刻である朝・昼・夜の発現を誘導する制御DNA配列と、約20個の転写制御因子が、この転写ネットワークを構成することが示唆されている。実際にこの転写ネットワークによって昼と夜の発現を説明できるが、朝の発現については十分に理解されていない。一方、朝の発現を強く抑制する転写制御因子Cry1が、夕方に発現することで形成する「遅れをもった負のフィードバック」が体内時計の動作に重要であると考えられている。このCry1による「遅れをもった負のフィードバック」がどのように実現しているのか、またその重要性について実証が待たれていた。

理研CDBの鵜飼−蓼沼磨貴テクニカルスタッフと山田陸裕研究員(共にシステムバイオロジー研究プロジェクト、上田泰己プロジェクトリーダー)らは、「遅れをもった負のフィードバック」が体内時計の動作原理であることを明らかにした。また、遺伝子発現の時刻が制御配列の組み合わせで単純に説明できることを示した。この研究は、メンフィス大学(米)およびフリブール大学(スイス)との共同で行われ、Cell誌に1月13日付けでオンライン先行発表された。


体内時計の3つの基本時刻の発現を可能にする最小単位の転写ネットワークモデル。E/E'box, D-box, RRE は、それぞれ朝・昼・夜の遺伝子発現を誘導する制御DNA配列。制御配列をつなぐ線は、転写活性化(緑)と転写抑制(ピンク)を表す。点線は、今回明らかになったCry1の夕方の発現を誘導する昼配列と夜配列の組み合わせで、朝の発現を抑制する。


彼らはまず、Cry1がどのようにして基本時刻ではなく、夕方に発現するのかを探ることにした。体内時計をもつマウスの培養細胞を用いてレポーターアッセイ(制御配列にルシフェラーゼなどの発現の定量が可能な遺伝子をつなぎ、制御配列の機能を調べる実験)を行ったところ、Cry1のプロモーター領域は昼の発現を誘導していることがわかった。そこで、ゲノム配列の詳細な解析を行ったところ、Cry1遺伝子のイントロン領域には夜の発現を誘導する制御配列が含まれていることがわかった。彼らがプロモーターとイントロンの配列を組み合わせてレポーターアッセイを行うと、夕方の遺伝子発現が観察された。これらの結果は、夕方の発現が昼配列と夜配列の組み合わせによって実現していることを示していた。体内時計を失った細胞(Cry1-/-:Cry2-/-)に、昼配列と夜配列の組み合わせによってCry1を夕方に発現させると体内時計が回復することから、この夕方発現の仕組みが生理的にも機能していることが確認された。

次に彼らは、Cry1-/-:Cry2-/-細胞に制御配列を人工的に様々に改変したCry1遺伝子を導入し、その発現時刻を昼から夜の間で変化させる実験を行った。その結果、Cry1の発現が昼に寄るほど(遅れが小さくなるほど)、細胞に回復した体内時計の振動の振幅が弱くなることがわかった。逆に、Cry1の発現が夜に近づくほど(遅れが大きくなるほど)、回復した体内時計の周期が延びていた。これらの結果は、「遅れをもった負のフィードバック」が正常な体内時計の動作に重要であることを示していた。

彼らは制御配列と発現時刻の関係を包括的・定量的に解析し、発現時刻が制御配列の組み合わせと強さによって非常に単純なベクトルモデルで近似的に説明できることも示している。これは、今回明らかになった昼配列と夜配列の組み合わせによる夕方の発現だけではなく、他のさまざまな時刻の発現にも当てはまるという。また彼らは、これまでの研究結果と合わせ、体内時計の3つの基本時刻の発現を可能にする最小単位の転写ネットワークモデルを提唱している。このモデルによると、最小ネットワークは「朝・昼・夜の遺伝子がそれぞれ夜・朝・昼の遺伝子を抑制する回路」と、「朝・昼の遺伝子がそれぞれ昼・夜の遺伝子を活性化し、かつ夜の遺伝子が朝の遺伝子を抑制する回路」で構成される。

上田プロジェクトリーダーは、「ポール・ハーディン教授(米テキサス農工大)らが遅れをもった負のフィードバックの重要性を1990年に提唱して以来、21年目にしてそのメカニズムを解明することができました。今回示した最小の転写ネットワークモデルが完全なものなのか、それともまだ未知の制御機構が潜んでいるのか、今後明らかにしていきたいと思います」と語った。

 
掲載された論文

http://www.ncbi.nlm.nih.gov/entrez/query.fcgi?cmd=Retrieve&db
=PubMed&dopt=Citation&list_uids=21236481

 


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