独立行政法人 理化学研究所 神戸研究所 発生・再生科学総合研究センター

2010年12月23日


ES細胞は白紙状態?
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細胞には遺伝子発現量を適切に調整するさまざまなメカニズムが備わっている。なかでも目立った現象の一つが「X染色体不活性化」だ。哺乳類のメスは2本のX染色体をもっているが、そのうちの1つは全領域で遺伝子発現が抑制されている。それでは母方由来と父方由来、どちらのX染色体が抑制されるのだろうか。興味深いことに、受精後間もない桑実胚期から父方のX染色体が選択的に不活性化され、それが胚体外組織に受け継がれることが知られる。一方、胚の細胞ではいったん父方X染色体の不活性化が失われ、その後、分化に伴って父方・母方のX染色体がランダムに不活性する。このことは、父方X染色体の選択的な不活性化を実現しているエピジェネティックな情報が、胚組織ではいったん消去されることを示唆している。しかし、それがどのタイミングで起きているのか、詳細はわかっていない。

理研CDBの村上和弘研究員(多能性幹細胞研究プロジェクト、丹羽仁史プロジェクトリーダー)らはマウスES細胞を用いた実験で、X染色体の選択的不活性化に必要とされるエピジェネティックな情報が、内部細胞塊では既に消去されていることを明らかにした。ES細胞を人為的に胚体外組織に誘導すると、X染色体の不活性化はランダムに起きたという。この研究成果は、Development誌の1月号に掲載されている。



X染色体不活性化の様子(Xist RNA:緑、H3K27me3:赤)。左上:ES細胞。右上、左下、右下はそれぞれES細胞由来の分化細胞、栄養外胚葉細胞、原始内胚葉細胞。ES細胞以外では、Xist RNAが広がりX染色体不活性化が起きている。


彼らは、2種類のメス胚由来のES細胞を用いて実験を行った。これらの細胞では、遺伝子多型または蛍光標識によって母方・父方由来のX染色体を識別できる。通常、ES細胞は胚体外組織には分化しないが、彼らは以前の研究で、Cdx2またはGata6を強制発現させると、それぞれ栄養外胚葉と原始内胚葉に分化することを示している。今回村上らは、ES細胞をこれらの胚体外組織に分化させた際に、X染色体の不活性化がどのように起こるのかを調べた。

X 染色体の不活性化は、H3ヒストンの27番リシンのトリメチル化(H3K27me3)およびXist RNAによる染色体コーティングとして検出できる。これらを解析したところ、ES細胞ではX染色体の不活性化が見られないのに対し、分化させた栄養外胚葉と原始内胚葉では不活性化が確認された。では、母方・父方どちらのX染色体が不活性化されているのだろうか。遺伝子多型に基づいて転写物の由来を調べたところ、興味深いことに、母方・父方両方に由来する転写物が確認され、X染色体の不活性化がランダムに起きていることが明らかになった。父方X染色体にEGFPを導入したES細胞でも同じ実験をしたところ、同様の結果が得られた。

 


ES細胞(上。左は明視野像)およびES細胞由来の栄養外胚葉(左下)と原始内胚葉(右下)。いずれの細胞種でも転写活性のある父方X染色体(EGFP:緑)が検出された。


さらなる検証のために、彼らはゲノム・リプログラミング研究チーム(若山照彦チームリーダー)との共同で、父方X染色体を蛍光標識したES細胞を核ドナーに用い、クローン胚を作製する実験を行った。その結果、クローン胚の胚盤胞では、栄養外胚葉の細胞でもX染色体の不活性化がランダムに起きていることが示された。これらの一連の結果は、選択的なX染色体の不活性化を可能にしているエピジェネティックな情報が、ES細胞では完全に消去されていることを示唆していた。

丹羽チームリーダーは、「胚細胞のX染色体不活性化の状態がどの時点でランダムに切り替わるのかは未解明のままでしたが、今回の実験で、ES細胞、つまりそれが得られる初期エピブラストの細胞では既に切り替わっていることが明らかになりました。ES細胞は、エピジェネティック的には“白紙状態”にあるのかも知れません」と話す。

 
掲載された論文

http://www.ncbi.nlm.nih.gov/entrez/query.fcgi?cmd=Retrieve&db=
PubMed&dopt=Citation&list_uids=21148183

 


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