多くの生物は日照時間(日長)の変化に応じて季節変化を感じ取り、体内の生理機能を調節して環境変化に適応する。このような日長の変化に伴う現象のことを光周性と呼び、動物の生殖腺の発達や冬眠、渡りなどの行動に見られ、ヒトでは季節性情動障害などの疾患に関係していると考えられている。これまでにウズラの実験で、日長が長くなると、脳の下垂体正中隆起部で甲状腺刺激ホルモンβサブユニット(TSHβ)の発現が誘導され、これが生理機能の調節に重要であることが示されている。しかし、日長の変化がどのような仕組みでTSHβに伝わるのかは良くわかっていなかった。
理研CDBの升本宏平客員研究員(システムバイオロジー研究プロジェクト、上田泰己プロジェクトリーダー)らはマウスをモデルにした研究で、Eya3と呼ばれる転写因子がTSHβの発現を誘導すること、また、Eya3は明け方の光によって誘導されることを明らかにした。この成果はCurrent Biology誌の12月号に発表された。
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短日条件下で点灯時間を8時間早めると(明け方の光照射)、Eya3の発現が上昇し、これによりTSHβが誘導されることがわかった。 |
一般的な研究用のマウスは光周性を示さないと考えられてきたが、近年、メラトニン生成能のあるCBA/Nマウスでは、ウズラと同様に、日長が長くなると下垂体正中隆起部でTSHβの発現が誘導されることが示された。このことは、哺乳類のモデルとして様々な実験手法や知見が蓄積しているマウスにおいて、光周性の研究が可能になったことを意味している。
升本らは今回、DNAマイクロアレイを用いたゲノムワイドな解析を行い、長日条件下(明期16時間、暗期8時間)と短日条件下(明期8時間、暗期16時間)で飼育したCBA/Nマウスの下垂体正中隆起部における遺伝子発現を比較した。その結果、長日条件下で強く発現する遺伝子246個(TSHβを含む)と、短日条件下で強く発現する遺伝子57個を同定した。次に、短日条件から長日条件に移した際のTSHβの発現誘導を調べたところ、短日条件下で消灯時間を8時間遅らせた場合はTSHβの発現が誘導されないのに対し、点灯時間を8時間早めた場合は急激に上昇することがわかった。このことは、光に反応して光周性が引き起こされる時間帯(光誘導相)が、マウスでは短日条件下の明け方に存在することを意味していた。
そこで、TSHβの上流遺伝子を探索する目的で、明け方の光で誘導される遺伝子群を再びDNAマイクロアレイ解析によって洗い出した。その結果、TSHβに先行して発現する34個の遺伝子が同定され、なかでも転写活性化因子であるなどの理由からEya3に注目して実験を進めた。EyaファミリーはSixファミリーと複合体を形成することで標的遺伝子の転写活性化を制御することが知られる。そこで、マウスの下垂体正中隆起部におけるSixファミリー遺伝子の発現を調べたところ、長日条件下でEya3と共にSix1が高発現していることがわかった。続く培養細胞を用いたレポーターアッセイによって、実際に、Eya3とSix1を共発現させるとTSHβのプロモーターを活性化することが示された。さらに、別の転写因子であるTefやHlfによってEya3-Six1によるTSHβプロモーターの活性化が増強されることもわかった。
長日条件下でのEya3の発現誘導は鳥類や羊でも確認されていることから、今回明らかになったメカニズムは脊椎動物に共通している可能性がある。上田プロジェクトリーダーは、「自然環境下では日長が徐々に長くなるので、Eya3によるTSHβの発現誘導はより長い時間軸で起きると考えられます。しかし、人為的な光照射によって短時間でEya3が誘導され得ることが今回明らかになり、これは光周性のメカニズムを研究する上で好都合です」と話す。「今後、日長の情報がどのようにしてEya3に伝達されるのか、なぜ光誘導相が明け方なのか明らかにしたいと思います」。
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