独立行政法人 理化学研究所 神戸研究所 発生・再生科学総合研究センター

2010年12月4日


幹細胞の休眠メカニズムに新たな知見
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幹細胞は通常、自己複製能と多分化能をもつ細胞として定義されるが、これに加え「休眠状態」をもつ幹細胞がある。成体の体にある組織幹細胞(体性幹細胞)は、体に新たな細胞を供給し、また損傷した組織の修復に機能しているため、個体の一生に渡って継続的に維持される必要がある。体性幹細胞が燃え尽きずに維持されるためには休眠状態が重要と考えられるが、その背後にあるメカニズムは明らかでない。

理研CDBのRasmus Freterリサーチアソシエイト(幹細胞研究グループ、西川伸一グループディレクター)らはマウスの色素幹細胞をモデルにした研究で、休眠状態の幹細胞ではRNAポリメラーゼⅡのリン酸化が抑制され、ゲノム全体の遺伝子発現が抑制されていることを明らかにした。この研究はStem Cell誌の7月号に掲載されている。なお、Freter氏は、現在オックスフォード大学の研究員を務めている。



色素幹細胞(矢印)ではRNAポリメラーゼC末端Ser2のリン酸化(緑)が抑制されている。写真は出生直後(P0)のマウスの毛嚢。


同グループは以前の研究で、休眠状態の色素幹細胞ではゲノム全体の転写が抑制されていることを明らかにしていた。今回Freter氏らは、この転写抑制のメカニズムを探るために、一般的な転写を担うRNAポリメラーゼⅡのリン酸化状態を調べることにした。RNAポリメラーゼⅡは、そのC末端のSer2にリン酸化を受けることでmRNAの伸長反応を起こすことが知られる。彼らが、このSer2のリン酸化に特異的な抗体を用いて調べたところ、色素細胞(メラニン形成細胞)とその前駆細胞ではリン酸化が起きているのに対し、毛嚢のニッチ(幹細胞を維持するための微小環境)に収まっている色素幹細胞ではリン酸化が抑制されていることが明らかになった。

次に、どのようにリン酸化が抑制されているのかを探るために、Ser2のリン酸化を担うp-TEFbの発現を調べた。p-TEFbはリン酸化酵素であるCDK9とサイクリン分子の複合体だが、彼らは分化した色素細胞と比べて色素幹細胞ではCDK9の発現が抑制されていることを示した。しかし、発生段階を追ってみると、Ser2のリン酸化の抑制はCDK9の発現抑制よりも前に起きていることから、CDK9の発現抑制はゲノム全体の発現抑制の原因ではなく、むしろ結果であることを示唆していた。一方、培養細胞を用いた実験でCDK9を阻害すると、幹細胞が生存因子を欠乏した際の生存率が向上することがわかった。また、生存因子を欠乏しても生存した細胞では、Ser2のリン酸化が抑制されていた。これらの結果は、転写抑制による休眠状態が細胞の生存に有利に働くことを示唆していた。

次に彼らは、Ser2のリン酸化抑制が組織幹細胞に共通する現象であるか否かを検討するために、ケラチン生成細胞の幹細胞、筋サテライト細胞、精原細胞、血液幹細胞などにおけるリン酸化状態を調べた。その結果、いずれの場合も休眠状態にある幹細胞では、活発に増殖している細胞と比較して、Ser2のリン酸化が抑制されていることがわかった。

Freter氏は、「ストレス状況下において、RNAポリメラーゼC末端のSer2のリン酸化抑制が細胞の生存に有利に働くことがわかりました。これは、幹細胞を生涯にわたって維持するために重要なメカニズムだと思われます」と話す。「体内の各組織や癌組織において転写抑制されている細胞を探すことで、これらの組織にある幹細胞を同定することができるかも知れません。」

 
掲載された論文

http://www.ncbi.nlm.nih.gov/entrez/query.fcgi?cmd=Retrieve&db=
PubMed&dopt=Citation&list_uids=20641035

 


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