細胞外マトリックスDel1が後方化シグナルを抑制する |
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脊椎動物の発生過程において、初期胚の組織は各種パターン形成シグナルの濃度勾配により背腹軸と前後軸に沿った領域化が行われる。特に中枢神経系の原基である神経板は後方からの後方化シグナルによって前後軸に沿った領域化が行われ、神経板の前方に位置する前脳などは後方化シグナルを防ぐ必要がある。後方化を促進する主要な因子としてWnt/β-cateninシグナルなどが知られているが、前方の組織はこれら後方化シグナルによる影響をどのように防いでいるのだろうか。
理研CDBの髙井啓リサーチアソシエイト(器官発生研究グループ、笹井芳樹グループディレクター)らはアフリカツメガエルをモデルにした研究で、細胞外マトリックスタンパク質として知られるDel1が、神経板の前方でWnt/β-cateninシグナルを抑制し、前脳の発生を促進することを明らかにした。この成果はDevelopment誌の10月号に掲載される。
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Del1の機能は頭部組織の発生に必須である(上:正常、下:Del1ノックダウン)。
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彼らは以前の研究で、Del1が中胚葉の背腹軸形成における腹側化因子、BMPシグナルを抑制することを示していた。このDel1を初期胚の将来外胚葉になる領域に過剰発現させたところ、頭部と眼が拡大した胚が見つかり、それが今回の研究のきっかけになった。彼らはまず、神経外胚葉におけるDel1の機能に注目し、各種中枢神経マーカーを用いた解析を行った。Del1の過剰発現により前脳マーカーの発現領域が拡大し、一方でDel1のノックダウンにより前脳マーカーの発現領域が減少することがわかった。このことからDel1が前脳の発生を促進(神経板を前方化)することが示唆された。また、Del1タンパク質の機能ドメインを部分欠損させる実験により、Del1による前方化にはDiscoidinドメインと呼ばれる領域が必須であることを突き止めた。
彼らは次に、Del1がどのようにして神経組織を前方化させるのか、そのシグナル制御メカニズムに着目した。後方化シグナルであるWnt/β-cateninシグナルを神経板で増強させると、前脳の発生が抑制される(後方化)。そこにDel1を共発現させるとWnt/β-cateninシグナルによる後方化が抑制された。つまり、Del1はWnt/β-cateninシグナルと拮抗することが示された。一方、Del1の代わりに別のBMP抑制因子であるChordinを用いてもこのような現象は見られなかった。このことは、Del1は以前に報告したBMPシグナルの抑制活性だけでなく、Wnt/β-cateninシグナルも抑制していることが示された。また、Del1はFGF、Nodalといった他の後方化因子には拮抗作用を示さず、Wnt/β-cateninシグナルを特異的に抑制していると考えられた。
では、どのようにしてDel1はWnt/β-cateninシグナルを抑制しているのだろうか。彼らはWnt/β-cateninシグナルに関与する様々な因子とDel1との関連性を解析した。その結果、Del1はRor2シグナルを介して、Wnt/β-cateninシグナルを細胞内で抑制することが示された。Del1の機能はRor2経路に依存しており、Ror2をノックダウンした条件ではDel1による前方化活性が見られなくなった。Ror2はWnt5a、Wnt11と結合し、Wnt/β-catenin経路とは異なる細胞内経路(non-canonical Wnt経路)を構成するが、前後軸のパターン形成への関与は知られていなかった。そこで彼らは、アニマルキャップ外植片から分化誘導した中枢神経組織を用いた実験を行い、Wnt5aやWnt11がRor2依存的に神経組織を前方化することを示した。さらに、Del1がWnt5a、Wnt11と相乗的に機能し、神経組織を前方化することを見出した。これらの結果から、Del1は中枢神経組織においてRor2経路と相乗的にWnt/β-cateninシグナルを抑制し、前脳発生を促進していることが明らかになった。
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Del1がRor2経路依存的にWnt/β-カテニン経路を抑制するモデル図。 |
一般に、細胞外マトリックスタンパク質は細胞周囲に特異な微小環境を形成することが知られている。笹井グループディレクターは、「細胞外マトリックスタンパク質であるDel1が、Wntによる後方化に対するバリアとして機能していることは驚きでした。Del1は領域のアイデンティティーを守る『盾』と言えるかもしれません」と話す。
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