動物の発生では、多様な細胞が生み出されるだけでなく、それらの細胞は胚の中の適切な場所に配置されている。細胞の多様性を生み出すひとつの機構に非対称分裂がある。非対称分裂では、細胞内の運命決定因子が予め偏り、片方の娘細胞だけに受け継がれ、結果として異なる性質をもった2つの娘細胞が生み出される。非対称分裂の方向は、分化した細胞が胚の中でどこに位置するかを決定し、その後の発生に大きな影響を与えるが、細胞がどのようにして非対称分裂の方向を決めているのかは未解明な点が多い。
理研CDBの荒田幸信研究員(細胞運命研究チーム、澤斉チームリーダー)らは線虫をモデルにした研究で、非対称分裂の方向が細胞外からのシグナルによって制御される仕組みを明らかにした。生殖系列細胞の分裂において、PAR-2の非対称な分配は内因的に制御されているが、細胞境界への局在と分裂軸の決定は細胞外からのシグナルによって制御されているという。この研究はノースカロライナ大学との共同で行なわれ、Development誌の10月号に掲載された。
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16細胞期の線虫胚における生殖系列細胞P4と体細胞E.x、C.xおよびDの配置。P4とDはP3から生じた姉妹細胞。
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荒田研究員らは、発生初期に連続的に非対称分裂を行なう生殖系列細胞P0、P2、P3、P4に着目し、周囲の細胞との相互作用を解析した。P3細胞とP4細胞は、P0細胞とP1細胞と同様に非対称分裂を行うが、分裂の方向が反転している。この反転により、P2細胞から生じたP3細胞は内胚葉前駆細胞であるE細胞と接し、さらにP3細胞から生じたP4細胞は同じく内胚葉前駆細胞のExと接する位置に生み出される。また、P細胞に発現するPAR-2タンパク質は、分裂に伴って非対称に分配されるが、
その局在方向は常に内胚葉前駆細胞との境界に向いていることが知られる。このことは、PARの局在が細胞外からのシグナルに制御されていることを示唆するが、これまでに、方向の制御も内因的な制御によるものであるとする報告がある。
彼らは、微小なガラスピペットを用いてP細胞を胚から一つ一つ単離する実験を行なった。すると、単離したP3細胞から生じたP4細胞は高頻度に非対称分裂の方向が反転していることが明らかになり、P3細胞の非対称分裂の軸がこれまでの報告とは異なり外因的なシグナルによって制御されていることを強く示唆していた。彼らはこれを確かめるために、P細胞を単離し、元々の場所とは異なる場所に内胚葉前駆細胞を接着させ、非対称分裂の方向を調べた。すると、P細胞の分裂軸が内胚葉前駆細胞との接触位置によって非対称分裂の向きを変えることが明らかになった。しかし、内胚葉前駆細胞以外の細胞(コントロール細胞)ではP細胞に接触させても非対称分裂の方向は定まらなかったことから、内胚葉前駆細胞からのシグナルが必要であることが裏付けられた。
次に、同様の手法を用いて細胞内因子の局在や中心体の位置を解析した。その結果、コントロール細胞を接触させたP細胞では、PARの非対称な分配は起こるものの、細胞境界への局在は起こらない。また、内胚葉前駆細胞を接触させた場合は、P細胞の中心体は細胞境界の近傍に位置していたが、コントロール細胞を接触させた場合は、中心体の位置が定まらなかった。これらの結果は、内胚葉前駆細胞からのシグナルが、PARの局在と中心体の位置を制御することでP細胞の分裂軸を決めていることを示していた
内胚葉前駆細胞からのシグナルとは具体的には何なのか。彼らは、娘細胞の大きさを非対称にすることで知られるMES-1とSRC-1を疑った。mes-1とsrc-1を欠損する変異体を調べると、PAR-2の非対称な局在は正常だったが、局在方向が胚によってまちまちであった。次に、変異体と野生型からそれぞれ細胞を単離し、様々な組み合わせで接触させる実験を行なったところ、膜貫通タンパク質であるMES-1は両方の細胞で必須であるのに対し、SRC-1はP細胞のみで機能していることが見出された。
今回の研究では、細胞の位置関係を人為的に操作することによって、発生過程の正常細胞において非対称分裂の方向が細胞外から制御を受けていることを初めて証明したものである。今回明らかになった外因的なシグナル分子による非対称分裂制御は、他の多くの細胞にも当てはまる可能性がある。荒田研究員は、「胚から微小なピペットで細胞を単離して観察を続けました。細胞の振る舞いは本当に美しく、飽きることがありませんでした」と話す。「シャーレ上に単離したP2とP3は、胚内と同じように非対称分裂しましたが、非対称分裂の方向が胚内と比べ反転していることに気がついたのがこの研究のきっかけでした。なぜそのようなことが起こるのか、知りたかったのです」。
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